夜中に突然目が覚めた。
お腹が空いて、携帯を見ると深夜二時。
隣で寝てる恋人も、むにゃむにゃと目覚めてお腹が空いたともらした。
「こないだ買った、ハッシュドポテト、揚げちゃおっか」
小さな声で私が言うと、彼も小さな声で「それいいね」と言った。
バサッと起きて、急いで支度をする。
深夜の揚げ物とはなんて罪深いんだろう!
油が跳ねて、じゅーじゅー音を立てる。
こんがりと狐色に揚げられたじゃがいもは、まるで宝箱を開けた金貨のようで。
二人であついあつい、と言いながら食らいつく。
はふはふと漏れる声に、じゅわっと滲み出る油の味がなんとも美味しくて、思わず笑顔になった。
そう、大人になるってこういうこと。

今日は大人について話そうと思う。
子どもの頃、私は大人になるのが怖くて怖くてたまらなかった。
自分の両親といえばいつも暗い顔をして喧嘩ばかり。
ドラマを見ても、悩んでばかりの主人公にイライラしたり、不安になったり。
大人になったらめんどくさくて嫌なことばっかりなんだろうな、とぼんやり思っていた。
学校に行って帰ったらランドセルを投げて、5時のチャイムまでみんなで鬼ごっこをする。
ただそれだけが楽しくてしょうがなかったし、そんな日常が奪われることなんて想像もつかなかった。
何も考えていなかった、なんて言わないし、それなりに悩みもあったけれど、お腹が空けばおやつがあって、美味しいご飯を食べて眠って、その日常になんとなく満足感を覚えていたのは事実だ。
仕事なんてしたくなかったし、恋愛もめんどくさそう。
将来のことなんていつまでも考えたくないな、と思っていた。

大人になって、人生は苦くてめんどくさいけど幸せだと心の底から言える

時は経って、私もあの頃嫌がっていた大人になった。
いくつかの恋をして死にそうな思いもしたし、将来のことで思い悩んで死にたくもなった。
知りたくもなかったことをたくさん知ったし、自分のずるいところや汚いところもたくさん知った。
取り返しのつかない喧嘩があることを知ったし、ごめんでは済まないことがあることも知った。
コーヒーの味を覚えたのと同時に、人生は苦いものだと分かった気がした。

それでも、私は今人生で一番幸せだと心の底から言えるのだ。
なんでかって?
私はハッシュドポテトを深夜に食べられるような大人になったから。
朝マックでしか食べられなかった、めんどくさいから揚げ物は無しねと言われた、深夜にお腹が空いても寝るしかなかった。
そんな小さな頃を過ぎて、私はお腹が空いた時に好きなものを好きなだけ食べられる大人になったから。
しかも大好きな人と一緒に、笑い合って好きなものを食べている。
こんな幸せなことがこの世の中にあるだろうか。
私は本気で思う。

美味しいものと大好きな人がこんなにも「愛しい今日」にしてくれる

人生は苦しいことばかりで、朝になれば仕事に行くし、夜になれば疲れて帰ってきて、孤独に悩んだり共に過ごす人と喧嘩をしたり。
いつも悩みが絶えなくて、小さな幸せを探すのに精一杯。
人間関係に悩んでばかりで、たまの休みも寝ているだけで時間が過ぎてしまう。
私何してるんだろう、と天井をぼーっと見つめる時間だって短くはない。

けれど、やっぱり美味しいものを食べると笑顔になってしまう。
そこに、大人だから味わえるとびっきり冷えたビールがあれば最高になってしまうのだ。
子どもの頃は嫌っていた苦い煙草を吸ってゆっくりと息を吐く。
そして、ビールを一口ごくりと飲んで、温かい揚げ物に手をつける。
隣を見れば大好きな人が美味しい顔をしている。
ただそれだけが、こんなにも愛しい今日に、私は大人になってよかったと思う。

「大人になれば好きなことはなんでもできる」
それは多分嘘だ。
実際しがらみばかりだし、自分がしたいことをすぐにできる環境はなかなか作れない。
セーラームーンにはなれないし、魔法使いにもなれない。

だけど、好きなことをできるように頑張ることはできる。
呪文を唱えても何もでてきやしないけど、大切な人を笑顔にする魔法、美味しいものが食べられる魔法、色んな魔法の使い方はきっと覚えられる。

希望なんてないような世の中だけど、自分が笑顔になるためにどうすればいいかを知れることが大人になるってことなんだ。
だから、私は今日もたっぷりの油を使って揚げ物をあげる。
片付けだってめんどくさいし、脂っこくて明日になったら後悔するかもしれないけれど、今日の笑顔を取り戻すために、私はハッシュドポテトを揚げるのだ。