婦人科の自動ドアを出たところで、傘をさす彼の顔を見た瞬間、診察室でも会計窓口でも必死に我慢していた涙が一気に溢れだした。

「雨が降ったら、傘をさせばいい。子どもが難しいなら、君と僕、2人の人生を楽しめばいい」と大きな傘を傾けて、彼が片手で私を抱きしめてくれた瞬間、「今日の雨を一生忘れない」と心に誓った。

生理痛が酷くて婦人科に行っただけなのに「不妊治療」を受けるとは

結婚したら、自然と子どもが授かれると思っていた。2人ぐらい産んで、休日は家族でおでかけして、受験にハラハラして、成人式に涙して、これからの自分の人生には、子どもが当然のようにいると思っていた。

もちろん、世の中には不妊に悩む人がいるということは知っていたけれど、それは異国の水不足や飢餓問題のような、私の日常からは遠く外れた場所にあると思っていた。まさか、生理痛で受診した婦人科で、不妊治療を受けることになるとは全く予想していなかった。

結婚して1年ほど経った頃、生理が2ヶ月以上来ていないことに気づいた。少し期待しながら妊娠検査薬を試しても陰性で、当時仕事が忙しく体調を崩すことが多かったので、ストレスが原因で遅れていると思っていた。

1か月後、やっと久しぶりに生理が来たと思ったら出血量がとても多く、昼間でも夜用ナプキンで1時間しか耐えられないほどだった。頭痛と腹痛と全身の倦怠感も、今までとは比べ物にならないほど酷く、鎮痛剤を飲んでも全く効果が感じられなかった。「もう何の薬でもいいから、とにかく早く楽になりたい」と這いつくばりながら、スマホで婦人科を検索して、近くの病院へ行った。

見たことのない大きな装置に下半身裸で乗り上がると、カーテンの向こうでがしゃがしゃと金属音が響いた。冷たくて、硬くて、痛くて、怖くて、装置から降りてストッキングを穿く頃にはぐったりと疲れていた。

私の頭が混乱したまま「不妊治療」のスケジュールを説明された

「既婚ということですが、妊娠を希望していますか?」と、何故それを聞くのだろうと疑問に思いながら「はい」と答えた。「あなたの子宮の状態では自然妊娠の可能性が低いので、不妊治療を始めましょう」と言われた。

頭にハテナマークが浮かんだ。私は生理痛を楽にしたくてここにきたのに、不妊治療? 戸惑っているうちに、今後の治療スケジュールが説明された。よく分からない言葉が次々と耳に入ってきては、そのままぽろぽろと抜け落ちていった(子宮の病気。自然妊娠が難しい。不妊治療が必要。私は子どもを産めない人間)。

頭が混乱して、鼻がツーンと痛くなり、目頭は熱を帯び、息苦しさがじわじわと胸に広がってきた。ここで泣くわけにはいかない。太ももをつねって気を紛らわせ、震える声で「治療するかどうか、もう少し考えさせてください」と伝え、頭を下げながら診察室の扉を閉めた。

会計待ちの時間に彼へ「診察終わった。私、自然妊娠が難しい人間なんだって。これから帰宅するね」とLINEを送信した。「傘持ってないでしょ。雨だから迎えに行く」というシンプルな返信を見ながら、子ども好きな彼から離婚を言い出されても、仕方ないなと思ったら、さっきまでの息苦しさがまた広がってきて、慌てて太ももを強くつねった。

今まで2人で、色々なところにデートして楽しかったな。子どもが出来たらどんな名前をつけようかお喋りして、幸せだったな。不妊治療ってお金や時間がすごくかかりそうだし、迷惑だよね…。

心の大雨に溺れそうになったあの日、あなたの傘が私を救ってくれた

そんな思いが頭の中をぐるぐる回り続け、出口に向かう足取りは重く、古びたスリッパをひきずる音がやけに響いて聞こえた。俯いたまま外に出ると、大雨の中で優しく微笑む彼を見つけた。愛しくて、離れたくなくて、自分の身体が恨めしくて、我慢していた涙が一気に溢れだした。

だから、彼が「雨が降ったら、傘をさせばいい。子どもが難しいなら、君と僕、2人の人生を楽しめばいい」と言ってくれた時、今度は安堵の涙が溢れてきて止めることができなかった。

彼のシャツが私の涙でびしょびしょに濡れてしまい、「これじゃ傘の意味がなかったかな」と笑う彼につられて、私も少し笑った。

雨を止めることはできなくても、傘をさすことはできる。どうしようもないことが起きても、道は必ずある。そして、私の価値は、子どもを産めるかどうかではない。

大事なことを、彼は私に気づかせてくれた。それから二人で話し合い、不妊治療を乗り越え、今では小さな傘を振り回し、水溜まりにダイブする可愛い娘をバスタオルで包みながら、3人で笑い合う幸せを噛み締めている。

心の大雨に溺れそうになったあの日、あなたの傘が私を救ってくれた。ありがとう
、一生忘れない。大切な雨の日の思い出。