「僕、何年生?」「ここは女湯よ?」性別を間違われることが多かった私

同級生より常に、とにかく大きかった。5歳で120センチを突破した私は、12歳で163センチとなった。
何よりガタイがいい。どちらかと言えば顔のパーツが大きめで、顔立ちがはっきりくっきりしている。そのせいか、昔から年齢と性別を間違われることが多かった。

4歳の時、母に連れられて行った郵便局で、隣にいた年配の方に、「僕、何年生?」と尋ねられた。
4歳といえば、年少である。男でもないし小学生でもない、と間違いを指摘することが相手に恥ずかしい思いをさせてしまうんじゃないかという気遣いと、自分が幼稚園の女の子に見えなかったということがなんだか悲しくてなんだか恥ずかしくて、ごにょごにょ。
怪訝そうなあの顔が今でも忘れられない。

14歳の時、家族旅行で行った温泉で年配の方に「ここ女湯よ?」と言われた。
周りの大人は体を隠しながらこっちの様子を伺っていた。14歳といえば、思春期真っ只中。体の変化が著しく、親に裸を見られるのがすごく嫌だった時期だ。温泉の脱衣所に入る直前まで「温泉には入らない。部屋でシャワーを浴びる。」と言っていた。しかし、母に「おばあちゃんと一緒に入ってあげてよ。」と言われたら入らないわけにはいかなかった。そんな矢先である。結局この方は私のブラジャーを見るまで納得しなかった。

男らしく振る舞い始めたとき、周りの反応は意外なものだった

今でこそ、これらの話は笑って話せるぐらいになっている。が、その当時は悩んだ。
自分が思っている性別と、周りが思う性別が違う。もしかして、性別を間違えて生まれてきたのか?と。
そう思った時、周りが思う性別を意識して振る舞うことにした。

よし、私は男になろう。一人称は俺、ダボっとした服を着る、荒い言葉遣い、下ネタを平気で話す、ショートカット。
しかし、この時の周りの反応は思ってもみないものだった。「女に見えない。」「女なのにもったいない。」「女のくせにだらしない。」みんな私のことを女だと思っていたのである。

一番性別にこだわっていたのは私だった。ここでやっと気付いた。男とか女とか関係なく、その人のいいところがあるはずだ。それなのに、意味をはき違えて、物真似をしてしまっていた。いや、物真似にもなっていない。私はどうありたいんだ?そうだ、かっこいい人になりたい。今の私はダサい。

性別は男と女「それから私」自分が見せたい自分のままで生きていく

それからというもの、性別は、男と女それから私というと考えるようになった。
ある日私は、父が若かりし頃に着ていたブレザーにスカートとヒールを合わせて、出かけた。そんな私とすれ違った人々が「どっちかわからない」「男だろ」「女じゃないの?」と言う。しかしそれはその人たちの印象であって、事実ではない。事実は、私にとって、そんなの関係ないということである。はい、おっぱっぴー。
私の心の小島よしおが騒ぎ出す。

好きな人に可愛いねって言われたら嬉しいし、すれ違う人に「あの人かっこいい」と言われるのも嬉しい。それはその時の自分が見せたい自分が違っているだけだ。全部私なのだ。