高校生の頃に付き合っていた人は、心配症だったと思う。それとも、心配症にさせてたのは私だったからだろうか。私はしっかりものと言われることが多いが、どこか抜けているところもあって、よく忘れ物をしていた。
彼から見たら、そういうところが心配だったのだと思う。
心配性で優しい彼は、私のために置き傘を2本ロッカーに常備していた
私はよく傘を忘れた。
登校時間ギリギリまで寝ている私は、天気予報を見る余裕もなく家を飛び出していた。朝天気が良くても、下校時間になると天気が崩れているような時は、もちろん傘を持ってきていなかった。
友達に聞いてみても、今日は雨の予報だったよ、と笑われるだけで、2本傘を持ってきているような人はいない。そういう時に彼に連絡すると、置き傘があるからといつも貸してくれた。
後から聞いた話だが、心配症の彼は、置き傘を2本もロッカーに常備していたらしい。
彼は同じ部活の一個上の先輩で、聖人君子のような素晴らしい人物だった。成績優秀で、常に優しくて、私のことを心の底から大切に思ってくれていた(私の勘違いでなければ)。
仲はとても良かったと思う。約2年付き合っていたが、一度も口喧嘩すらすることはなかった。週に3回ある部活の帰りは必ず一緒に帰っていたし、部活がない時でも出来るだけお互い時間を合わせて下校した。
周りの目も気にせずくっついて帰れる唯一の理由は雨だった
雨は結構好きだった。髪がいつもよりまとまらないとか、黒板が見えにくいとか、嫌な理由はたくさんあったけど。そんなことはどうでもよくなるほど、彼の傘に入って帰る時間が楽しみで仕方なかった。
いつもなら周りの目が気になって、くっついて歩くことはしない。けれど、雨が降っている時は、濡れちゃうことを理由にして肩がくっつくほど近付いて帰れる。彼の普段通りの優しい笑顔が、いつもよりも鮮明に見えてドキッとした。
私が風邪をひかないようにと、傘をこちらに傾けてくれていて、彼の右肩はいつもびしょ濡れだった。
そんな優しさが暖(温)かくて好きだった。
彼は置き傘をロッカーに常備していたけれど、一緒の傘に入って帰りたい私は、忘れたことを帰る直前まで言わなかった。傘忘れたの?一緒に入る?って、仕方ないなぁって顔をしながらもどこか嬉しそうで。ちょっとドキドキしながら彼のさした傘に入る。その瞬間がこの上なく好きだった。
私はもっと傘を忘れるようになった。
鈍感な彼へ。私はあなたが思っているよりも忘れん坊じゃないよ
彼は鈍感だから、私が意図的に傘を忘れたことには気付いてなかったと思う。もともと忘れ物が多い私は、彼からみたらより心配の対象になったんだろうな。雨が急に降ってきた時は、彼の方から、傘持ってる?って連絡が来るようになった。
彼は私より1年先に卒業して、その頃から傘を忘れることは少なくなった。
朝、どんなに忙しくても天気予報はチェックするようになり、雨は単なる憂鬱な時間に戻った。ロッカーの中の荷物には置き傘が仲間入りした。
たまに天気予報がはずれて、傘を忘れたことに気がつくと、彼と歩いた帰り道を思い出す。ねぇ、私はきっとあなたが思っていたよりも忘れん坊じゃないよ。