「今日は、お別れを言いに来ました」
「理由は?」
「……実は、既婚者です」

半年間、彼氏だと思っていた男性から突然告げられた言葉の意味が理解できず、私は、怒るでもなく、号泣するでもなく、驚くほど冷静を保っていた。

彼の誕生日を祝う約束の日。泣いている彼の隣で、一人で黙々とケーキをホール食いした

「あ、もし私が奥さんに訴えられたら、私は被害者だってこと、証明できる証拠残しとかなきゃだね」

私はいつも以上に冴える頭に感謝しながら、出会いから突然の報告までの一連の流れをボイスメモに残し、最後には、騙して付き合っていたことを彼の言葉で語らせた。

「あとは…あ、もう誕生日プレゼント買っちゃったよ」
皮肉にも、今日は彼の誕生日を祝う約束をしていた日だった。
とんだ逆サプライズをありがとう。

「いくらだった?払う」
「1万5千円くらいかな、あと、傷心旅行は熱海行ってくる」
"傷心旅行代"という名の慰謝料もしっかりもらった。

「あとは…ケーキ買っちゃったから食べないとね。ケーキに罪はないから、美味しくいただかないとね」
私は、冷蔵庫からイチゴのケーキを取り出し、「〇〇君お誕生日おめでとう」と書かれたチョコプレートのみを彼の口に放り込み、泣いている彼の隣で、一人で黙々とケーキをホール食いした。
今日、誕生日なのは、いったい誰?と言わんばかりの、とんだ地獄絵図だ。

「…殴らないの?」
「殴っても何も解決しないしね」
「取り乱さないの?」

…たしかに。どうして私はこんなに冷静でいられるのだろう。
喜怒哀楽が激しい性格の割に、いつもトラブルが起こった時にはわりかし冷静に対処することができるのが不思議だ。

彼の地位や名誉に目が眩んでいた。私は、彼のことを心から好きだったのだろうか?

そもそも、彼のことを心から好きだったのだろうか?
冷静に考えれば考えるほど、私は彼の地位や名誉にばかり目が眩んでいた気がする。

高級なお店に連れて行ってくれる、年収の高い彼。
ホテルでは広いお部屋に泊まらせてくれる、羽振りの良い彼。
私をお姫様扱いしてくれる、包容力と余裕のある彼。
機転が効いて頭の回転が速い、将来有望な彼。
SNSに東京でのキラキラした経験を投稿することで、いつも私を満たしてくれた彼。

そんな彼が離れていかないように、必死に手料理を振る舞い、たくさん本を読み、エステに通い、飽きられたくなくて、ゆるく変化し続けられるように努力した。

いつもそうだ。私は、この私めを、より一層輝かせるために、相手を選んでいる。

"みんなから羨ましがられる自分"でいたい呪縛。自分の悪い癖に気付くことができた

昔から、甘やかされ、チヤホヤされて育ってきた私は、みんなに羨ましがられる存在であり続けたいと、心のどこかでずっと思ってきた。
いつまでも、その呪縛が解けないでいた。

顔面、年収、学歴、身長、センス……そんな肩書きばかりで付き合う相手を選んでは、周囲から羨ましがられる自分を演じていた。
そんな自分を鑑みる良い機会が、今回の出来事だったのだろう。

「そろそろ、人から羨ましがられる自分、演じるの辞めたら?」
そう、自分に言い聞かせるものの、どう変わればいいのか、何から変えていけば良いのか、全くわからない。

ただ、ひとつだけ良かったと言えることがある。
それは、私には"みんなから羨ましがられる自分"を知らず知らずのうちに演じてしまう悪い癖があるのだと、気付けたことだ。

ありがとう、既婚者。
あなたが、"既婚者" であること以上に、大切なことを教えてくれて、本当にありがとう。