自分の意見はハッキリ言う。友人でも、先輩でも、上司でも。おかしいと感じたら確認するし、違うと思ったら違うと伝える。
社会人として、これが正解か。と聞かれたら自信を持って首を縦には振れない。会社では上手く立ち振る舞うことも大切で、自分の評価が左右されてしまうのが現状だ。これに気づいたのは社会人4年目で、一般的に言うとこれは遅い方だろう。
もっとうまく世の中を渡るべきだった。と悔しい気持ちになるのも事実だ。
「世の中を上手く渡る」という正解を、いつも選べない私
私が知っている会社というものは、“おかしい”“これ意味ある?”と思うことでも皆、我慢して作業していた。“もっとこうすればいいのに”と改善策が浮かんでいるのに何も言わない。黙って従う。これも「世の中を上手く渡る」という意味では正解だと思う。
でも、私はいつもその正解を選べない人間だ。
悪いことばかりではない。ある時、上司の連携の仕方が雑でどの「鈴木さん」のことなのか、多くの社員が混乱することがあった。小さいことだが不親切だなと思い、「下の名前も記名してもらえると助かる」と指摘した。
するとその「鈴木さん」から「みなさんを混乱させていたから言ってもらえて助かった!」と連絡がきた。損な役回りだなと思いながら、私はこの性格が割と好きだ。
彼女にとって、私は不思議でしかたなかった。だから私に興味を持った
彼女と出会ったのは高校生の時だ。いつもみんなの中心にいて、体育祭では副団長をしたり、野球部のキャプテンと付き合っていたり、いわゆる学校世界で上級カーストにいるような子、それがみさきだった。
その頃の私はそのカースト、地位がうらやましいとも何とも思っていなかった。今思えば、興味がなかったのだろう。
みさきとは部活で関わりがあった。みさきは今の私のように意見をハッキリ言う子だった。
そんな彼女と反対に当時の私は自分の意見をあまり言わず、周りの流れや雰囲気に合わせるような性格だった。彼女から見れば、おそらく私は何を考えているか分からなくて、不思議でしょうがなかったのだろう。だからみさきは私に興味を持った。
そして、ある事件が起きた。私の考えを変えた出来事だった。
「たくみ」に違和感を覚えて、彼女に「ほんとにいるよね?」と聞いた
受験シーズン間近、私たちの部活動も終わりに向かっていた。そんな時、みさきから思いもよらない声がかかった。
「まいこ、まいこの写真見せたら、“紹介してほしい”と言われたんだけど、連絡先教えてもいい?」
当時の私は恋愛に全く興味がなく、あるとすれば、先輩をアイドルのような感覚で眺めているくらいだった。そろそろ大学生だし、写真を見たら、なかなかのイケメン。メールくらいなら。と思い、“たくみ君”とやり取りを始めた。
数か月経ったころ、何かの違和感を感じた。どこかおかしい。そう思ってみさきに「たくみ君て、ほんとにいるよね?」と聞いた。
もちろん、いないと答えるはずもなく、たくみ君は私に電話してきた。彼の存在を確認した私は「3年間も同じ部活でやってきた仲間にそんな疑いをかけるなんて、ひどい。私はみさきの何を見ていたんだろうか」と自分を責めた。そんな矢先、「たくみ君はなりすましらしい」という噂を耳にした。
後から分かったことだが、たくみ君は存在せず、メールはみさきのなりすまし、電話は同級生の彼女の男友達、幹太が対応していたらしい。
私は数か月間、みさきとメールをし、幹太と電話をしていたのだ。
今はだいぶ時間が経っているので、ばかばかしい。と笑って流せるが、高校生の私には大打撃だった。人を信じられない。恋愛が怖い。いろんなトラウマをみさきは私に与えてくれた。
伝えないと伝わらない。自分の意見を言えなかった私は、いなくなった
その事件のあと、一度だけみさきと話をした。受験シーズンの中、なぜあんなことをしたのか。私には不思議で仕方なかった。
その疑問にみさきは「騙すつもりはなかった。ちょっとした、冗談のつもりだった」。
真意は分からない。だが、ウソをついたのは事実で、部活内の数人が面白がってその話をしていたことも後から分かった。私は彼女の心理を理解する気も、分かり合いたいとも思えなかった。ただ一つ、金輪際、彼女とは関わりたくないし、彼女のような人間は私の人生に必要ないと思った。だから私は卒業と同時に部活の仲間とは縁を切った。
今は、連絡先も知らないし、グループLINEも退会して新しいアカウントを使っているので彼女たちの近況もわからない。
この出来事は私を大きく変えた。周りの様子を窺って自分の意見を言えなかった私はいなくなった。伝えないと伝わらない。相手の意見に従うだけだとなめられる。何を言っても、やってもいいと勘違いされる。だから今の私は自分の意見をしっかり主張するようになった。
いつの間にか、私はみさきのような人間になっていた。
もしかしたら私は、密かに何でも言えてみんなの中心にいるみさきに憧れていたのかもしれない。今でも彼女を許す気はないし関わる気もないが、今の私になるきっかけをくれたのは紛れもなくあの子だった。