「あの子」がいたから、
初めて自分の性に違和感を覚えたのは、高校生のときだった。
クラスメートのあんちゃんに誘われて行った男子校の文化祭。
「交友関係とか広げたいじゃん」と
念入りに塗られた唇にはみ出る淡いピンクは
あんちゃんの下心そのものだ。
あんちゃんの華奢な腕にしがみつかれた瞬間、奇妙な何かが着火した
「うちの出店きてくださーい」と
老朽化した校舎に追い討ちをかける客引きに、
膝上スカートの生脚達が吸い込まれていく。
「おふたりさん! よかったらはいってってよ!」
「うちの出し物はガチで泣く人もいるんで、是非!」と、ノリのいい声かけにも興味を惹かれ、
血のりで塗られたお化け屋敷に私たちは入ることになった。
うす暗闇の中「怖いよぉ」と突然あんちゃんの華奢な腕にしがみつかれた。
歩幅を合わせて歩くたびに反発する肉体に、
揺れ動くストレートロングの毛先が頸動脈に触れるのを必死にこらえて歩く。
鼓動が強く高鳴る。
それは「いけないこと」だと意識を逸らすも、
結び目をキツく絡み歩くあんちゃんの肉体は容赦なく私の心に襲いかかる。
「お疲れ様でした」
先ほど店番をしていた生徒が出口で待機していた。
「高校生のクオリティじゃないね、怖すぎ(笑)」と腕をほどいてきたあんちゃんの体温が、まだ微かに残る自分の内側に意識は自然と向いてしまうのは何故だろう。
あぁ、わたしの対象はやっぱり そうなんだ。
自分の「性の対象」をSiriに聞いても、導いてはくれない
小さいときから、なぜかわたしが手を繋ぎたいのは
男の子よりも女の子で、好きな男性のタイプについて聞かれても、思い浮かべるのはギンガムチェックのワンピースを着るあの子たちのこと。
「大きい」とか「小さい」とか、発育過程の胸の膨らみを触り合う女子同士の交流に、私だけは参加できなくて「本当さ、ぴゅあだよね(笑)」なんて、
クラスメートの女子たちに笑われて恥ずかしかった。
「自分の性の対象は、一体どっちなんだろう?」なんてSiriに聞いても導いてはくれない。
だけど、はじめて隣のクラスの男子が自分に好意を寄せてくれたとき、罪悪感とか嫌悪感とかじゃない、
指示通り与えられた性を違和感なくすんなりこなしている彼が羨ましくて、それが出来ない自分に悲しい気持ちになった。
今のあんちゃんに対するこの気持ちはあの時、あの彼に抱いた感情と同じだ。
どうして、わたしは与えられた言いつけを守れないんだろう。
あんちゃんの反発する肉体は、自身の「性」に対する感情に似ていた
「さっき、店番をしていたひと凄いタイプだった」と、あんちゃんが突然思い出したのようにその場で歩みをとめた。
「ごめん、やっぱさっきの人にアドレス聞いてくる!」とカバンからスマホを取り出し、逆方向に歩き出そうとするあんちゃんの腕を咄嗟に掴み、
「あの人、他の女子高生にアドレス渡しまくってたよ」なんて、自分でもよくそんな嘘ついたなって今なら思う。
「え? ただのチャラ男じゃん。ならやめとこ」と、
スマホをカバンにしまいため息をつくあんちゃん。
「ごめん」と呟いたわたしに、「いや、むしろ先に忠告してくれてありがとうだよ。遊ばれなくて済んだもん」とぎゅっとわたしの腕をまた掴んできた。
あんちゃんの反発する肉体は、わたし自身の“性”に対する「歪み」に似ていた。
この肉体にしがみ付いていたい思いと、手放して解放されたい思い。
「ねえ、文化祭に好みの人いた?」と、あんちゃんがわたしの耳元で聞いた質問に今はまだこう答えるしかない。
「すみません、よくわかりません。」