彼女は完璧な子と言われていた。
誰よりも勉強ができたし、陸上をやっていて足も速かった。作文や習字コンクールの常連だった。はっきりとした顔立ちに、色素の薄い髪や瞳は異国めいた雰囲気を醸し出し、特別に見えた。
敵わないと初めて思った。彼女は「完璧な子」になった
「ツバルはとても小さな島国で、温暖化によって沈む危機にさらされています」
小学5年生の夏休み明け、自由研究を発表する場で彼女のそれは異彩を放っていた。ツバル、という響きすら当時の私には馴染みがなかった。日本から遥か遠くにあるという、聞いたことのない島国についてすらすらと話す彼女の声はよく通り、温暖化への警鐘で締めくくった姿は堂々としていた。
そのときまで私は自身が彼女に類する存在だと信じていた。テストはいつも100点で、バレーボールチームではエースだった。作文や習字、絵画でもしょっちゅう賞をもらっていて周りからはよく褒められた。
敵わない。彼女の発表を聞いて、初めてそう思った。これまで外国の出来事について考えたことがあっただろうか?環境問題に向き合ったことがあっただろうか?
なにか自分の無知のような部分を思い知らされた気がした。そして、私にとっても彼女は完璧な子になった。
中学校に上がっても彼女は完璧な子だった。
お互い学級委員を任されたのがきっかけで仲良くなった。休日には遊びに出かけたし、テスト期間が近づけば互いの家で勉強会を開いた。
彼女は相変わらず頭が良くて成績は常に1番だった。私はというと、学年で10番以内に入ることはできても彼女との差が開いていくことに焦りを覚えていた。完璧にはなれなくても、それに限りなく近くありたかったからだ。しかし、かわりに思わぬ才能が開花した。
それは弁論だ。先生から大会に出場することを勧められた私は、市大会で優勝して県大会でも好成績を修めた。
別の高校に進んでも、私たちの交流は続いた。彼女はやっぱり完璧だった
「自分の声を通じてなにかを伝えたい。表現したい」
そう思うようになった私は放送部の活動が盛んな高校を選び、彼女は県内一の進学校に進んだ。入学式の前日、新入生代表のスピーチを任されたという彼女は「人前で話すときのコツ教えてよ」と私に相談してきた。粒揃いの新入生の中、彼女は入試でトップの成績をとっていた。
高校でも彼女はやっぱり完璧な子だった。
進路が分かれても私たちの交流は続いた。彼女はますます勉学に励み、私は放送部にのめりこんだ。私が大会で受賞したことを伝えれば喜んでくれたし、全国出場することを知れば応援してくれた。彼女はあまり自分のことを話さなかったが、きっと彼女のことだから順調だろうと思っていた。
「私、○○大学に行きたいんだ」
久しぶりに会ったとき、珍しく彼女から話題を振ってきた。奇しくもその大学は私も目指していたところで、さらに学科までまったく同じだった。全国でも有数の放送サークルがある〇〇大学は私の憧れだったのだ。
部活を引退してから毎日猛勉強していたものの、CとDを行き来する模試結果にため息をつく。彼女はきっとA判定なんだろう。
不安や嫉妬の混じった感情のまま迎えた推薦入試は、ぎりぎりで手が届かなかった。続く一般入試は模試の通りになった。私は滑り止めで受けていた私立大学に進学し、彼女は○○大学の希望した学科に合格した。羨む気持ちがあったのは否定しない。でも、やっぱり彼女は完璧だな、という思いの方が強かった。
負の感情を抱えたまま、大学生になってから初めて彼女と会うと…
進学した××大学の放送サークルも有名だったが、私にとっては物足りない場所だった。理想と現実のギャップを感じた当時の私は、日々を憂鬱な気持ちで過ごすようになる。
もし〇〇大学に合格していたら?今ごろは同じような姿勢の仲間と切磋琢磨していただろうか?そんな考えがぐるぐると巡りだすと、どうしても思わずにはいられなかった。彼女みたいに勉強ができたら完璧だったのかな、と。
そんな負の感情を抱えたまま、大学生になってから初めて彼女と会うことになる。
待ち合わせ場所に現れた彼女を見て違和感があった。あまりにも痩せていたからだ。
こけた頬と薄くなった肩。その手首は掴めば親指と小指がくっついてしまいそうなくらい細くなっていた。
どうしたの、と聞くと彼女は苦しそうな表情でこう打ち明けた。
昔からずっと周りの評価を気にしてしまう。みんなからすごいね、とか言われるたびに、もしできなくなったらどう思われるのか、いつも不安だった。やればやっただけ結果が出たから勉強は特に頑張った。でも入学したら他の人に比べて自分は全然だめで、どうしたらいいかわからなくなって、せめて太らないようにしよう、痩せていようと思った。醜くなったら誰からも見放される気がして怖かったから。
彼女はそう一気に吐き出したあと、私を見つめて「好きなことを一生懸命やって、結果も出してるのすごいなっていつも思ってた。私もそうだったらよかったのに」と呟いた。
彼女は完璧な子じゃなかった。優秀で、真面目で頑張り屋だけれど、けして完璧ではない。周りからそう呼ばれて、応えるために必死に努力していたのだ。プレッシャーは次第に増し、彼女はその重さに耐えられなくなってしまった。
この事実に私は衝撃を受けていた。自身も彼女を追いつめる一因になっていたからだ。彼女の自由研究を聞いたあのときから、私は彼女を別次元の存在だと思いこんで彼女がなんでもできるのは当たり前だと感じていた。友達でありながら、無意識に線を引いて神格化していた。
そして気づく。私が彼女を羨んでいたのと同じように、彼女もまた私を羨んでいたことに。
たぶん完璧な人間なんて存在しないし、自分のことをだめだな、とか、もっとこうだったらいいのにと思っているときでも、認めてくれている人はきっといる。
そう思わせてくれたのは彼女だし、今ではどんなことも話せるかけがえのない存在になった。彼女も私も完璧じゃないけれど、だからこそお互いに支え合ってこれからも生きていくんだと思う。