高校2年、3年で同じクラスだったAちゃん。私と彼女は仲が良かったわけでは全くないが、彼女は私の人生に大きな足跡を残した。

本来ならその決断を讃えるべきなのに、私は「なぜ」と思った

高3の冬。進学校に通っていた私は、迫り来る受験に向けて猛勉強していた。Aちゃんの進路について耳に挟んだのは、その頃だった。
Aちゃんは、受験の時点でやりたいことが決まっていなかったため、日本の大学のように入学する時点で専攻を決めるのではなく、1年生の間は様々な科目を履修して自分の興味を見極め、2年生以降で専攻を決めるという、アメリカの大学のリベラルアーツと呼ばれる教育方針がより自分に合うと考え、日本の大学ではなくアメリカの大学を志望しているということだった。
Aちゃんは帰国子女ではなく、英語が特別できるわけでもなかった。本来なら、そのような大胆な決断をするクラスメートを讃えるべきなのだが、私はAちゃんのことを、「なぜAちゃんは英語ができるわけでもないのに海外大学に行くの」と思った。
今考えると、本当にひねくれ者だったと思う。

その進路があると知っていれば、検討したかもしれないと思った

受験が終わり落ち着いた頃、私はなぜ自分がそのようにひねくれた考えをしたのか落ち着いて考えてみた。
そう、私はただただAちゃんのことが羨ましくて仕方がなかったのだった。

私は英語が大好きで海外生活に強い憧れを抱いていて、いつか留学して英語を不自由なく話せるようになりたい、海外生活を経験してみたいと思っていた。高校生の時に、高校が募集していた1年間の留学プログラムに参加しようと思ったこともあったが、私を日本の良い大学に現役で通わせようと必死だった、視野の狭い私の両親は、留学したら日本の受験用の塾に通えなくなる、留学したら学年を一つ降りなければならない、留学したいなら大学ですれば良いなどと言って、認めてもらえなかった。
だから私は、日本の良い大学をとりあえず目指し、その後留学すれば良いと考えた。それがベストな選択、それ以上の解は絶対に存在しないのだと自分に必死に言い聞かせて。

そんな私にとって、Aちゃんの決断は青天の霹靂だったのだ。そのような進路があるの、という脳天をガツンとやられたような衝撃を受けた。そのような進路があると知っていれば、私も検討してみたかもしれないと思わずにはいられなかった。
当時Aちゃんの決断を手放しで讃えられなかったのは、Aちゃんの選択は、選べるものなら私が選びたかったことそのもので、Aちゃんの決断を認めることは、私が正しいと思い込んできた進路を否定することにつながるからだったのだ。

勇気ある決断を心から応援してあげられなくて、ごめんね

Aちゃんへ
私たちはクラスメートだったけど、ほとんど話したことがなく、友達とは言えない関係でした。高校生の時、Aちゃんの勇気ある決断を心から応援してあげられなくて、ごめんね。
でも、あなたに会えて本当によかった。
あなたのおかげで、親や社会に敷かれたレールに盲目的に乗っかるのではなく、自分のやりたいことが何かしっかり考えて進路を選ぶことの大切さを学びました。
あなたのおかげで、これからは、人の進路を羨むようなことはしたくない、常に後悔のない選択をするべきなんだと気づけました。
私が在籍している大学の学科では、留学は全くポピュラーな選択肢ではないけど、私は今、高校生の時に感じた気持ちを二度と感じないために、夢だった留学を大学生のうちに叶えようと前を向いていられます。
留学したら卒業が1年遅くなる、就活で出遅れるなどと言われ周りの人にどれだけ反対されたとしても。

Aちゃん、自分が納得できる選択肢をとる勇気を私に与えてくれて、ありがとう。