私は今、本当だったらチェコに留学しているはずだった。
大学生になる前からずっと、大学生になったら一度、海外で暮らしてみたいと思っていた。メディアを通してしか知らない、日本とは異なる文化の中で実際に暮らして、いろんなことを自分の目で確かめて、体感したい。現地の人と現地の言葉で話してみたい。ずっとそう思っていた。
海外で暮らすことを目指して、必死に勉強した。やっとの思いで留学の切符を掴んだ
「留学」という形にこだわりがあったわけではないが、費用のことなどを考え、高校2年生の時、大学の派遣留学制度を使って海外に行くことを目指すと決めた。それから、もともと得意じゃなかった英語を頑張って勉強して、語学の教育や留学に力を入れている第一志望の大学に何とか合格した。
でも、いざ入学してみたら、周りのレベルの高さに圧倒されて、何度も心が粉々に砕けそうになりながら必死で勉強した。そして、2年かけてやっと留学に必要な成績とスコアに達し、ついに1年間留学する切符を掴んだ。
それなのに。留学する頃には収まることを願っていたが、コロナはどんどん世界中に広がって、昨年の9月から1年間行く予定だった留学は1年延期になってしまった。
私は今、大学3年生。留学を予定していた同じ学部の友達も「今年もいけるか怪しくなってきたから。」と段々と就職活動に力を始めている。
でも私は、どうしても幼い頃からの目標を捨てきれず、就活に気持ちを切り替えることができないままでいた。
コロナの影響で留学は延期。就活を始める友達もいたが、私はどうしても気持ちを切り替えられなかった
飽き性で、最後までやり切った経験があまりなく、目標もコロコロと変え、失敗が怖くて何かと理由をつけて挑戦しないまま逃げることが多い私にとって、「海外で生活したい」という目標は唯一小さいころから変わらなかった目標であり、そのためなら怖くても挑戦できたし、嫌なことも頑張れた。苦手科目だった英語を大学で専攻すると決めて受験したのも目標のための挑戦、大学に入ってからも頑張り続けることができたのも目標のためだ。
だから、どうしても就職活動に気持ちを切り替えることができなかった。とはいえ、どこかで「友達が就活を頑張っている中、私は小さい頃からの目標を理由に就活から逃げているだけなんじゃないか。みんな留学したい気持ちがあっても切り替えて次のステップに進んでいるのに私は取り残されてる。」という思いも消しきれず、それを母に話した。
てっきり、「そんなこと言うくらいなら就活しなさいよ。」といつものように言われるかと思ったが、その日は違った。
「一回くらいやりたいことやらんと。いつまでたってもできんよ?」と母は言った。
そして、「お母さんたちは、絶対就職して欲しいなんて思ってない。あなたがやりたいことをやって幸せならそれでいいんよ。」と。
海外で生活することは私の人生最大の挑戦。母の言葉に背中を押され、もう逃げないと思った
そっか。
「自分がやりたいことより、皆がやっているやらないといけないことを優先しなきゃ。」と決めつけていたのは私だったのかと、はっとした。
海外で生活することは、私にとってずっと変わらないやりたいことであると同時に、人生最大の挑戦であり、とてつもなく不安なことでもある。就活をしないで目標を追いかけることは、世間からみたら逃げかもしれないけど、私にとっては挑戦なのだ。母の言葉がなければ、「就活をしないことが逃げ」だと思い込んだまま、ずっと抱いてきた目標への挑戦から逃げるところだった。
もう、やりたいことに挑戦することから逃げない。母の言葉に背中を押され、そう強く思った。