雨が連れてくるもの。憂鬱、頭痛、気だるさ、失恋。その全てが鬱陶しくて、でも時折抱きしめたくなる愛おしいものだった。

私は、失恋を経験した。ご飯は喉を通らなくなるし、眠いのに心が冴えて眠れないし散々だった。だけど、それが無駄だったなんて思わない。どれもこれも私を作る大事な栄養素。今の私ならそう思える。

高校生の頃、茶道部の先輩だった「彼女のこと」を好きになった

高校の時。一つ上の先輩だった。私はその時、女子が好きだった。女子にしか恋ができなかった。茶道部の先輩だった彼女は、ちょっと浮きがちな私を優しくサポートしてくれた。先輩だったから、義務感に駆られてだったかもしれない。それでも、その時チョロかった私はすぐに恋に落ちた。

先輩のタレ目が笑った時、細まるところが愛おしかった。柄杓をもち上げるその指先に見とれている自分がいた。寝ても醒めても、先輩のことが好きだった。その頃は、まだLGBTの理解も深くはない時代だった。私は好きで好きでたまらない先輩に彼氏が出来て、祝うことしかできないんだということだけが決まっていた。

そんな時だった。「雀ちゃん、私の事好きなんでしょ」と言われたのは。その日は先輩と2人で、街に遊びに来ていてプリクラを撮っている最中だった。私は持っていたドリンクを落としてしまった。

「もーなにやってんのー」と、先輩は笑った。え? え? え? 何? なにを試されてるの? 私は落としたドリンクを無視して、顔を真っ赤にして無駄に両手を前に振りかぶって、
「すっすち、好きです!付き合ってください!」と言った。やってしまった。終わりだ。さよなら私の大事な先輩。

「へへーん。そうなんだー。じゃっ付き合う?」と悪戯っぽく笑う先輩。え? うん? あの? 「それって先輩が彼女になるってことですか」と聞くと「改まって言わないでよー。恥ずかしいでしょ。ほら。こぼしたドリンク拭くよ」と先輩が言った。私は、上の空でこぼしたドリンクを拭いた。

帰り道までふわふわした気持ちで、あんまり言葉が入ってこなかった。多分先輩はそんな私を優しく見守ってくれていたんだと思う。この日私たちは恋人になった。先輩は言った。「今度来る時は手を繋いでこようね」。

何度もデートを重ね、キスをした。私は毎日生きてるだけで楽しかった

夢だ。これは絶対妄想だ。私はおかしくなってしまったんだ。でも、次の日学校で先輩に手を振られて、あれは嘘じゃなかったんだと思い知る。幸せってこんな気持ちなんだ。この頃の私は、絶頂期だった。毎日生きてるだけで楽しかった。

何度もデートを重ねた。キスをした。ある日家に呼ばれた。そこには先輩のお母さんがいて、私は後輩として紹介されるだろうと思っていた。

「この子、彼女」と先輩はいつも突拍子もない。びっくりしてお母さんと私と2人があわあわしていた。「じゃあ雀。2階行くよ」と言った。私は逃げたくなかった。お母さんに向かって。「美冬さんの彼女です。よろしくお願いします」言った。

「ほら行くよ雀」先輩は自分の部屋に急ぐように連れていった。課題をやったり、飽きたらゲームやったりしていた。そろそろ帰ろうかという時、先輩が引き止めた。
「ねぇ座って」
「はい」
「胸、触っていいよ」
「え?」
「えっちなこと。したい」そう言いきった先輩の顔は真っ赤で、真剣なんだってドキリとした。ベッドで少しずつ服を脱ぎながら、体を触りあった。大事な部分は秘めたままだった。こんなに幸せでいいんだろうか。この幸せが、いつまでもいつまでも続けばいいなと心の片隅で祈った。

けど、突如として幸せは崩れ去った。それは先輩が大学に入って、夏休みを迎えた頃だった。先輩はぽつりぽつりと話し始めた。友達は彼氏との将来を考えているのに、私たちはその先がないこと。物理的に2人の子供は作れないこと。彼女がいる人として周りから少しづつ距離を取られていること。まだ私のことが好きなこと。ひとしきり言い切って先輩は泣き出してしまった。

「どうして?どうして私は雀が好きなだけなのに、苦しい思いをしなきゃいけないの」と言う先輩に「乗り越えましょう。一緒に」と私が言うと、先輩は泣き笑いをうかべた。

子供が欲しいと別れを告げられた時、私は上手く笑顔を作れただろうか

秋になり、私は2人の行きつけの純喫茶に呼ばれた。「別れて欲しい」と先輩は言った。終わりの足音が迫っていた。「やっぱり私の子供が欲しいの。ちゃんと好きな人と私の子供が」。そんなことを言われてはもう何も言い返せない。「別れましょっか」としか言えなかった。

私は、上手く笑顔を作れただろうか。先輩はほっとした顔をしていた。「ありがとね」そう言って先輩は席を立った。

私はしばらくその場で、ぼーっとしてから席を立った。雨が降り出した。傘を忘れた。濡れそぼって帰路につく、最初は歩いてるか分からないほど、とぼとぼ、だんだん歩くスピードが上がってきて、気づけば走っていた。神様に涙がバレないように。

私の初めての彼女は、最後の彼女にはなってくれなかった。ほどなくして、私も男性とお付き合いするようになった。気の迷いだったのだろうか。そんなわけがない。私たちの青春は、いつだって輝いているのだから。