私の愛犬は、小学生のころ我が家にやってきた。
はじめは、ただかわいくて仕方なかった。今思えばたくさんのことを与えてくれた特別な存在。彼がなくなってから、ものすごく彼の存在の大きさを痛感した。

人生のどんなときもいつもそばにいてくれたのは愛犬だった

彼は誰よりも早起きで、私の起床時間にベッドまで起こしに来た。寝起きが悪い私を根気強く起こしてくれる責任感ある子だった。
学校に行く時も玄関先まで必ず送りだしてくれたし、帰宅すると玄関まで迎えに来てくれた。どんなに疲れて帰っても、いつも変わらず彼がいる。その安心感に救われていた。
どんな時もそばにいてくれたからこそ、私の辛い局面を一番近くでサポートしてくれた。
大学受験に失敗して、自宅浪人をしていた時もこの先が見えない不安や1人で勉強を続けることがしんどい時期、膝の上にいつもいてくれた。
正直重たかったけれど、今となってはあの重さが懐かしい。1人きりだったら受験まで頑張れなかったんじゃないかなと思う。
大学に入学してからも、彼氏とけんかをして辛く泣いていた時、失恋して号泣した時も横に来て、私の涙をぺろぺろなめながら、なんで泣いてるの?泣かないで。元気出して。とでも言いたそうな顔をしてそばにいて励ましてくれた。
私がうつ病だと診断されて、自宅療養中だった時もたくさん助けてくれた。なにもできない無力感。なぜかわからないけれど、何もしたくなくなってしまった自分への嫌悪感。このままずっとうつ病が完治しなかったら、私の人生はどうなってしまうのだろうかという大きな不安。いろいろな感情や症状に苦しんだ。
そんなときも、いつもそばにいてくれたのは愛犬だった。

私の精神的な些細な変化もくみ取れて、そばにいて癒してくれる

両親は仕事、兄弟は学校で私は家に愛犬と2人。元気がない私を気遣って一緒に寝てくれたり、ボールを元気よく持ってきてくれたり。私のことを元気づけようとしてくれた。私の精神的な些細な変化もくみ取れて、そばにいて癒してくれた。だから私も家族も彼のことを私専属のセラピードッグだと言っていた。
私は体調が回復してから、自分の教員になりたいという昔からの夢を叶えるべく勉強に励んだ。大学の教授から、卒業までに英検準1級は取ろうといわれていたので勉強していたが、何度受験してもあと一歩のところで不合格だった。
愛犬の死の直前も、私は英検の勉強をしながら、彼の容態を見守っていた。いつも私が勉強しているとき、彼はそばで見守ってくれたし、応援してくれていた。
だから悲しそうにしていたら、きっと「お姉ちゃん、なんで泣いてるの?前をむいて頑張らないと僕、悲しいよ。」と言いそうな気がして。

亡くなってからも変わらず家族であり、私のセラピードッグ

結果、英検を受験した時には、彼は亡くなってしまっていたのだが、お骨の入った小さなキーチェーンをお守り代わりに連れて行った。愛犬と一緒に受験した英検だった。
彼が力添えしてくれたのか何とか合格。その時の喜びは今でも忘れない。愛犬と勝ち取った合格は、私の人生の中で大きな自信になっている。
彼は亡くなってからも変わらず、私の家族であり、私のセラピードッグだ。私の体調が芳しくないとき、夢には必ず愛犬が現れて元気をくれる。今でもどこかから私のことを見守ってくれている。
私は、こんなにもたくさんの物を愛犬からもらった。私は何か与えてあげることができたのだろうか。我が家に来て幸せだっただろうか。
私たち家族にとって、彼は特別な存在であったし、今も変わらず心の中で生き続けている。
我が家に来てくれて、そしてたくさんの幸せと優しさを与えてくれてありがとう。
君がいたから今の私がいるんだよ。今でも毎日思い出さない日はない。