学生時代。舞台活動で出会った彼女は、その年の作品のヒロイン役だった。

卵型の輪郭の中で存在感を放つ、少女のように輝く瞳。ふんわりと丸みを帯びたおでこから、華奢な首もとにかけて描かれる、精巧な曲線。
その美しさに目を奪われ、いつまでも眺めたくなりながらも、畏敬の念を感じずにはいられない感覚は、芸術作品に圧倒される時のそれに近かった。
また、彼女のすらりとした長い手足と、バービー人形のような頭身バランスは、どんな衣装も完璧に魅せていた。
ショートパンツ、タイトなレギンス、ドレス...。どんな衣装でも映える彼女は、舞台の上ではもちろん、舞台から降りた日常でも、常に周囲から羨望の眼差しを集めていた。

胸から喉元にかけて、嫉妬という息苦しさが迫り上がってきた

一方、髪は薄毛で地味な顔立ち、ずっしりした安産体型の私は、似合うもの(というか着れるもの)と言えば、せいぜいロングワンピースくらい。
薄毛を隠すために、誰よりも早く準備に取り掛かり、舞台照明で地味な顔パーツが飛ばされないよう、必死に陰影を施す。
運悪く、同じ衣装を着なければならないシーンは残酷だ。
「○○さん(彼女)超綺麗だった~!(私と)顔の大きさが全然違うね~!」
その日の舞台を観に来てくれた友人が発した言葉は、私のパフォーマンスを褒めてくれた、他の人からの嬉しい言葉を、グリグリと上書きしていく。
こんな時、胸から喉元にかけて、ざわざわと迫り上がってくるこの息苦しさが、嫉妬ってやつだろうか。

おまけに、彼女は性格まで素直ときた。誰にでも優しく、呆れるほどに純粋で、無邪気に愛や夢を語る姿は、まさにディズニーのプリンセス。
でも、その純真無垢な彼女のことが、いつしか鬱陶しくなっていた。

綿矢りささん著『かわいそうだね?』の併録作品である「亜美ちゃんは美人」は、誰もが羨む美人な女の子、亜美ちゃんの隣で、彼女の引き立て役にならざるを得ない、さかきちゃんの目線で描かれたストーリーだ。
そこで私は、ドキッとする一節を見つけた。

「亜美が悪美になれば、もっと堂々と対抗できるのに」
「亜美、たぶん私、あなたのことがきらいだよ。」

さかきちゃんは、亜美ちゃんの美しさに惹かれながらも、何をしても許される亜美ちゃんの境遇と、それに甘んじる彼女の無邪気さを、内心疎ましく感じていた。

彼女と一緒にいると、タールのような色の感情が溜まっていく

全く同じ感情が、私の中にもあった。
彼女と一緒にいると、タールのような色の感情が溜まっていく。
そんな私の気持ちをつゆ知らず、私に懐き、後を追ってくる彼女が疎ましかったのだ。

最初のうちは、彼女と過ごす時間も楽しかった。周囲から容姿を比較される恐怖感は常に付き纏っていたが、彼女も私も、舞台活動において似たような悩みや夢があり、よく二人で練習をしたり、舞台に参加したり、将来について熱く語り合ったりもした。
その間私は、本格的に舞台の学びを深めていくようになった。
もっと上手くなりたい、もっと自由に表現したい、という純粋な好奇心のつもりだったが、今思うと「誰よりも上手くなって、周りを見返してやりたい」という屈折した動機も大きかった気がする。

しかし、このドス黒いガソリンのおかげで、夢への情熱はエンジン全開になり、少しずつ活動の幅も広がるようになった。一方、彼女はうまくいかない時期が続き、私を羨むような言動が増えていった。
彼女がすごいと思うのは、そんな感情でさえ、素直に表現できることだ。

どんどん技術が上がる私の姿が羨ましくて、一時は私の活動を見るのも嫌だったけど、そんな自分が嫌だから、早く私に追いつけるように、練習方法やノウハウを真似させて欲しい、と言ってきたのだ。

さすがプリンセス。なんて素直で前向きな心を持っているんだろう。
はあ。素晴らしい。けど、うざいんだよ。

この残酷な世界で、純粋で真っ直ぐなまま、生きることを許された。
この世の全てが自分の味方であると、何の疑いもなく信じられる。

そんなあんたが最高に憎たらしい。

顔も性格も、プリンセスから遠くかけ離れ、むしろヴィランズ(ディズニーの悪役)の業の深さに親近感を覚えるような私は、彼女のあまりの眩しさに耐えられなくなり、ついに距離を置いてしまった。

醜い感情の奥底には、誰にも言えない哀しみがあるんです

私にも言い分はある。
私にとって、やっと見つけた居場所が舞台だった。ここで認められるために、どんなに孤独で辛い時にも耐えてきた。
レッスン代は、身銭を切って捻出している。才能もセンスも無い私は、少しでも練習を怠れば、あっという間に振り出しに戻る。

それを簡単に真似してくんじゃねえよ。甘えんな。
大体、その無邪気さがうざいんだよ。
いつでもチヤホヤされるから、夢だの切磋琢磨だの、綺麗事ばっかり並べられんだろ。
この脳内お花畑野郎が。ちったあドン底の気持ちでも味わっとけ!

…...分かってる。分かってるんです。
これが嫉妬だ。まさにヴィランズらしい感情。そして最後は、主人公に敗れて死ぬのが相場。
でも、ヴィランズがそうなったのにだって、理由があるんです。
醜い感情の奥底には、誰にも言えない哀しみがあるんです。

一年後、意を決して謝罪の連絡をした。彼女は心から喜んでくれたが、その素直で真っ直ぐな反応を、またうざいと感じてしまった自分に絶望した。
お前、どんだけ歪んでんだよ。

交流は再開したものの、今はまだ会いたいとは思えない。
ここを乗り越えたら、また一緒に舞台に立てるだろうか。
同じ夢に向かって、切磋琢磨できる親友になれるだろうか。
分からない。でも当分は無理だ。

それでも、もしいつか、プリンセスとヴィランズ、それぞれの役から解放される時が来たら、彼女に伝えに行きたい。

あなたがいたから、私は舞台を続けられたと。
本当にごめんなさい。
でも、醜い自分と向き合わせてくれて、ありがとう。
こんな私を信じてくれて、ありがとう。