中学一年生の頃、わたしの髪は茶色かった。
髪を染めていたわけではなくて、小学校の間ずっと続けていたソフトボールのせいで日に焼けた髪の毛が、茶色く傷んでいただけだった。
髪の色が違うだけで、変な目で見られているという事実が怖かった
頭髪検査では注意こそ受けなかったものの、先生に「茶色いね」と言われた。学年の中でも目立つグループにいた女の子たちに囲まれて「染めてるん?」と聞かれたこともある。
みんな、黒い髪をしていた。違うねん、と答えながら、ずっと怖かった。髪の色が違うだけで、みんなから変な目で見られているという事実が、怖かった。
なんで、髪は黒じゃないといけないんだろう。そんな疑問を、十八歳になるまでは持ったことすらなかった。あの頃は、先生から言われたルールは絶対で、明るい髪をしているわたしは間違っているのだと思っていた。
十八歳の時、高校を辞めた。私立高校に通っていて、真っ黒な髪は肩についたら絶対に結ばなくちゃいけなくて、月一回、スカートの丈をチェックされたり、眉毛を整えていないか確認されたりした。アイプチとカラーコンタクトをしていた友達は毎月、「人権がない、こんなん」と呟いていた。
みんなが同じ髪型で、同じ制服を着て、同じような顔をして座っている教室がとてつもなく怖くて、たまらなくて、過呼吸になって教室に入ることができなくなった。
美容師のお姉さんに、「とりあえず髪の毛の色を明るく」と言った
高校を辞めて、まず、髪の毛を染めた。その頃、わたしはソフトボールもやめていたから髪の毛も黒く戻っていた。
「どんな髪色にしようか?」と美容師のお姉さんが微笑んだ。わたしは雑誌も読んだことがなかったし、おしゃれにも疎かったので、なにもわからなかったけれど、とりあえず髪の毛の色を明るくしたい、と言ったことだけを覚えている。
髪の毛を染めている間、ずっと、なんで今まで黒髪じゃないといけなかったんだろう、と考えていた。中学生の頃、茶色い髪の毛をしているわたしのことを羨ましいと言いながら「調子に乗っている」と言っていた女の子がいたことを思い出した。
慣れない薬剤の匂いに包まれながら「このまましばらく髪の毛になじませるからね」と言われた。じっと座っていることが苦手だから、正直に言うと少しつらかった。
周りのルールが変だと言えるところが、かっこいいと思っていた
中学生の頃、同じクラスに好きな男の子がいたことを、なんとなく思い出していた。その子を好きになったきっかけは、茶色い髪だった。その子は生まれつき髪が茶色くて、中学生の頃のわたしと同じように、先生からなにかを言われたり、クラスメイトに髪の色を指摘されたりしていた。
「生まれつきやから」
きらきらと、きれいな茶色い髪をしたその子は、いつも少し鬱陶しそうに、そう言っていた気がする。もしかしたら記憶が少し美化されているかもしれないけど、そういうところが好きだった。自分は間違ったことをしていない、周りのルールが変だと言えるところが、かっこいいと思っていた。
みんなが同じ格好をすることって、本当に意味があるんだろうか。同じ髪色で、髪型で、同じ服で、同じものを食べて、それで、わたしたちはなにを得るんだろうか。別に、それで勉強ができるようになったりしなかったのに。
シャンプーをして、乾かして、生まれて初めて髪を染めた自分の姿を見たとき、わたしはあの子のことを思い出していた。みんな一列に黒い髪をしていた中で、ライオンみたいだったあの髪の毛のことを思い出していた。