父親に容姿を馬鹿にされてきた恨みは、一生忘れない。
 私が小学生くらいの頃から、父親は私の体形について、「太っている」と馬鹿にしてきた。「お腹の肉がつまめるような状態は太りすぎ」なのだそうだ。実際に、私のお腹の肉をつまみながら、「太っている」と笑ってきたこともあった。
 大人になった今では、「お腹の肉がつまめるような状態は太りすぎ」という基準になんの根拠もないことが分かる。27歳である今の私は、BMIが18前後と痩せているが、筋肉が少ないためか、お腹の肉をつまめる。
 しかし、子どもの頃の私には、親の言うことを疑うという発想はなかった。一番身近で信用できる大人が「太っている」と言うのだから、自分は太っているのだと込んでいた。
 実際、学校の身体測定では、私と似たような身長のクラスメイトは、いつも私より3~4キロは軽かった。それを見るたびに、私は確かに太っていて醜いのだと自信をなくしていった。

数値でも親の協力でも解決できない、容姿に対する思春期の悩み

 ある日、小学校の保健の教科書に載っていたのか、BMIについて知った。太っている自分のBMIの数値は、きっと大きな値なのだろうと想像しながら計算したところ、普通体重の範囲に収まっていた。確か、20~21くらいの値だったと記憶している。
 計算結果を見て、「なんだ、自分は太ってはいない、むしろ理想的な健康体なのだ」と一瞬は安心したものの、やはり父親からは「太っている」と言われ続けたし、同じような身長のクラスメイトはいつでも私より痩せていた。
 数値など関係ない、目の前の現実こそが真実なのだと思い、私は太っていて醜いのだという思い込みから脱することはできなかった。
 毎日、クラスメイトの皆がうらやましかった。皆、私より痩せている。しかも、かわいい。目は大きくて、髪はさらさらで、色が白くて、私には皆が芸能人のように見えた。
 一方の私は、太っていて、目は小さく、髪は厄介な天然パーマで、色黒で、眼鏡をかけていて醜い。コンプレックスばかりの醜い私に生きている価値はあるのかと日々悩んでいた。
 目の大きさ、髪質などは生まれ持ってしまったものだから諦めるしかない。でも体形はどうにかできるのではと思ったこともある。母親に、痩せたいから食事の量を減らしたいと言うと、「出されたご飯は全部食べなさい」と強く言われた。
 出生時、平均より小さく生まれた私を心配した母親が、たくさんご飯を食べさせてきたという背景があり、母親は食事を減らせば体力が落ちる、風邪を引きやすくなるし成長にも良くないから絶対にだめと、食事量の調整を認めなかった。
 運動をして痩せるという選択はできない環境にいた。当時習っていたピアノと、父親に課されていた勉強のスケジュールをこなすと、1日が終わってしまうのだ。ピアノも勉強も、何においても優先されており、それらが終わらない限り私に自由時間はなかった。どちらも椅子に座ったまま行うものであるので、大してカロリーを消費しない。まるで、コロナ禍のステイホームのような生活を送っており、痩せることはなかった。

子ども時代の傷を自分自身で癒して愛して、自分自身を取り戻す

 私が急に痩せたのは19歳の頃である。きっかけが何かあったわけではなく、食事量も運動量も変わらない中で突然痩せ始め、1年ほど経過すると10キロ以上痩せていた。念願だったスリムな体形が、運良く手に入ったのだ。
 しかし、19年かけてなくしていた自信は、そう簡単には取り戻せなかった。自分には生きている価値がないという思いは、ずっと続いた。
 痩せたところで、私は「かつて醜かった」人間である。それに、痩せた私よりかわいい容姿の人は世の中にたくさんいる。生まれつきかわいく、今もかわいい人たちに比べれば、私はまがい物の化け物であり、やはり生きる価値はないとまで思い詰めていた。

 それから8年ほどが経ち、ようやくありのままの自分を受け入れられるようになってきている。一人暮らしを始めて家族と距離をとり、美容に時間をかけることを通して自分のありのままの姿と向き合おうと努力してきたからだ。父親によって失った自信を、私が自分で取り戻そうとしている。
 本当は、子どもの頃に、容姿など関係なく無条件に父親に愛されたかった。過去に戻って人生をやり直すことはできないのだから、せめてこれからは自分を受け入れ、愛おしもうと思う。