私は基本的に、何事につけても自分を甘やかして生きてきた、と思う。
勉強に恋愛、仕事。
日常茶飯事から人生のイベントに至るまで、どれも「そこそこ」のレベルでかわしてきた。
失敗を過度に恐れ、いつもプライドの傷つかない道ばかり選んでいたのだ。

この自認が覆ることはないだろう。
たとえどれだけ自省し、弱虫と自嘲してみても、結局私は己を律せるほど強くなろうともしなかったのだから。

のらりくらりと過ごしてきた私は「拒食症」のルールに縛られている

30年近く、のらりくらりと過ごした人生。
そのツケとでも言うべきなのか、今の私はとあるルールに縛られている。
食事にまつわることだ。

ちょっとしたきっかけから始めた食事管理で、私は時間をかけて痩せていった。
そして、いわゆる拒食症と診断されるまでに至ったのである。
気力だけは一人前の体でいるが、今でも低体重のために働くことすらできていない。

世の中の正しいレールから完全に外れ、残ったものは役立たずの入れ物だけ。
認知の歪みが取り切れず、恐らく「痩せている」はずの自分の体型も、いまだにどこか認められないでいる。

これくらいの細い女性、どこにだっているじゃないか。
何故、私だけこんな風になってしまったんだろう。
時折、拒食症の私が顔を出しては、理不尽だと叫び回る。
その叫びを聞くにつけ、私は私の異常さを突き付けられて、苦しくなった。

第三者にはおよそ共感できないだろう「私だけ」の食事ルール

両親を始めとして、周囲は私に対して最大限配慮してくれている。
誰も私を全否定せず、責め立てもしない。
理解できない面が圧倒的に大きいはずなのに、どうにか向き合おうとする意志を感じる。
にもかかわらず、私はかれこれ2年近く、底辺でもがいているのだ。

食事のルールとはいったいなにか、と思われる人の方が多いかもしれない。
実際、私も第三者の立場だったとしたら、およそ共感できないだろうと思う。
正しい・正しくない、といったジャッジはこの際置いておくにしても、おかしいのはまず間違いない話だ。

例えば、私はご飯、とりわけ白米が怖くて、ろくすっぽ食べられない。
ひどい時期には、茶碗に盛られた白米を見るだけでいっそ嫌悪感を抱くほどだった。
しかし、コンビニのおにぎり1つであれば食べられるのである。
もしくは雑穀や具材を混ぜたものなら、まだ抵抗感が少なくて済む。

炭水化物全般がだめなのかといえば、そうでもない。
パスタや蕎麦、パンは、むしろ比較的落ち着いて口にすることができる。
しかしここでも謎のルールが発動する。

クリーム系のパスタは苦手だし、肉系よりも魚・野菜の入ったパスタばかり選びがちだ。
蕎麦だって、天ぷらが乗っかってしまえば途端にアウト。
菓子パンなぞ恐怖の対象、ごく普通の食パンもカロリーが気になって仕方がない。

揚げ物、脂っこい食事も忌避してしまう。
必然的にあっさりとした魚や野菜に偏った食事内容になる。
一方で、たとえ好きな魚・野菜であっても油を使えば一気にハードルが上がる。
そして奇妙なことに、脂気のない肉や特定の部位であれば、おいしいとさえ感じるのだ。

「あんなに大好きだったのに」周囲の視線が突き刺さる瞬間

また、拒食症で甘いものが怖くなった私にとって、菓子類は特にNG対象である。
ここ最近ではより苦手意識が強まり、自分で買って食べるなんてことは一切考えられない。
人から勧められ、どうしても食べざるを得ない状況で、ようやく決心がつく。

昔はあんなに大好きだったのに、という周囲の視線が一番突き刺さる瞬間だ。
そのくせ、果物だけは「健康にいいから」という間抜けた理由で、りんご一つなど余裕で食べてしまう。
我ながら、訳のわからない線引きがされている。

こんな風に、私はみょうちきりんな食のルールを抱えている。
正直言って、書いている本人が一番馬鹿らしいと思わずにいられない。

拒食症の進行とともに作られていったルールは、絡まって凝り固まって、簡単にほどくことができなくなった。
過去の「普通だった私」はもはや遠くに霞んでおり、今の「おかしな私」に病気の存在を否応なく自覚させる。

少しずつルールを削りたい私。これからもルールを見つめ生きていく

何も考えずに済んだ頃に戻りたい、とふと切実に思った瞬間は、一度や二度ではなかった。
ルールを破ることは病気とおさらばすることを意味し、それが今、私の目指すべきゴールなんだろうと頭では理解している。
しかしながら理解と実践は結び付かず、私はルールのほどき方をいまだに探せていない。

不自由なこだわりを克服し、周りを安心させたいという願い。
実現したければ、ルールを破り、自分自身を越えていかねばなるまい。

これまで周囲のサポートを得ながら、ほんの少しずつ緩和されたルールもある。
亀の歩みに過ぎないが、変われたという認識をわずかでも抱ければ、これから先の未来も見えてくるのだろうか。

仮定の話にどこまで意味があるのか、私にはわからない。
けれど、こうなった以上、「もしも、できたなら」という柔らかな余白はある種の赦しだ。
私はそこに縋りながら、自分のルールを少しずつ削っていきたい。
派手にぶち破れなくても、いつか穴をあけて、両手を突き出してやればいい。

だから今日も明日も明後日も、私はルールを見つめて生きていく。