雨といえば、日本には雨の季節がある。梅雨。
私は、そんな梅雨の6月に産まれた。カニ座の女。今まで自分が6月生まれだということに、何も特別な感情はなかった。強いていうなら某ラップ曲で「何故か6月のベイビーは多い」と歌われているのを知り、一時期すねてた、それくらい。
しかし2年前、自分が梅雨に産まれたことを特別に思う出来事があった。
自分がお腹の中にいる頃、母が綴ったマタニティーダイアリーを発見!
25歳の誕生日を迎える数日前のことだった。その頃、諸事情で長く実家に帰っていた。毎日予定はあったものの、大抵は家で過ごしていた為、かなり暇だった。暇すぎて、本棚に眠っていた色々なアルバムを漁った。自分のアルバム、妹の、両親の、祖父母の……。その中で、自分がお腹の中にいる頃のマタニティーダイアリーを発見した。ほぼ母の日記だった。
80年代育ち特有のかわいい丸文字で「パパ(父のこと)毎日疲れててカワイソウ」「検診にいったら◯◯って言われた。どうしよう」「今日は夕飯を豪華にした!」など、日々が綴られていた。アパートで父と2人暮らし、戸惑いながらも奮闘する母の姿が想像できた。
たわいもないことばかりでとても微笑ましかったが、妊娠38週目の日記を見て、ページをめくる手が止まった。
「今日は定期検診に行きました。まだ子宮口も閉じてるとか。◯◯たん(私のこと)お願い7月生まれになってよー。ママのお願いです」と書かれていた。調べてみると38週目は妊娠後期にあたり、“いつ産まれてもいい”時期だそう。その日から7月まで引き延ばすには、41週くらいまで待たなきゃいけないギリギリカレンダーだった。
他の日の日記を見て判断したことだが、母はどうやら「梅雨じゃなくて夏生まれがいい」と考えていたようだ。母の願い虚しく、私は6月末に産まれた。 産まれた後の日記は、途絶えていた。
母が残した日記を読んで、「梅雨の時期」が特別なものになった
そんな母は、私が中学校にあがる前に亡くなっている。だから、これを書いたときのことを確かめることはできない。興味津々の盛りとなったが、父には聞けなかった。聞いてもわからない気がした。父の話と母の日記をすり合わせても、きっと違う視点だから。
その日から「母は、私が産まれて梅雨を好きになれたのかな」と考えるようになった。私自身雨の日が好きかと聞かれたら、「めんどくさいからあんまり好きじゃない」と答える。でも、どちらにせよ梅雨は、特別なものになってしまった。
例えば思い出は、「あの日もこんな寒い日だったっけ」と似たような天気をよすがにしてよみがえる。愛しい出来事があった日の天気は、いつまでも覚えている。似たような天気の日をまぶしく思う。
母にとっての初めての妊娠、出産。そんな大イベントが起こった梅雨の時期。「嫌だなぁ」と思いながら過ごしていなかったか、不安になった。覚えている限り、両親はわかりやすく愛を表現してくれる人ではなかった。甘やかされた方だけど、愛なのか怠慢なのか、ほんとのところは分からない。確かめる勇気がない。ちゃんと愛されて生まれたと信じたい。
雨の日は母を感じれる「貴重な日」だから、想いを通わせようと思う
雨が降ると、ジメジメと落ち込みそんなことまで考える。自分のルーツを不安に思う時も、ないわけではない。あと2年もすれば、当時の母と同い年になるっていうのに。親になる前に、まだ子の気分なんだけど。
私も、もし妊娠したらきっと「◯月生まれの子にしたい」とか考えるんだろうな。といいつつ計画的な妊活なんて、できそうもない衝動的な性格だしなぁ。
まあ、そんな思いつめず。雨の日は母を感じれる貴重な日だと思えばいっか。迫り来る梅雨は憂鬱なことに変わりはないけど。存分に落ち込んで、母と想いを通わせようと思う。そしていつか、時が来たら確かめたい。「ママ、梅雨はまだ嫌い?」