「お互い様だね」
私は、都内の大学に通う学生だ。2020年は、それはもう災難だった。
留学の中止、オンライン授業、バイト先の休業……。
思い出すたびに、「あげたらキリがないから、このへんで」と自分を静止させなきゃいけない。

コロナ禍以前は、勉強に飲み会にサークル活動と、家にいない時間が多くあった。(一人暮らしの彼氏の家にもよく通っていたことも理由の一つだ)

新型コロナウイルスの流行が拡大した2020年3月、私の生活はがらりと変わる。私は世間でいう、「危機感のない若者」とはかけ離れた存在だった。家族の半分以上が医療従事者であり、危機感を持たなければならない場面を何度も経験した。なにより、私の外出を妨げたのは、基礎疾患を持つ父の存在だった。

父は、国内の大手企業に長年勤めていた。基礎疾患が原因で早期退職をした後、好きなことをして毎日を過ごす父を羨ましく思うこともあった。

「なんとなく」父との距離が離れて以来、二人で過ごすステイホームで気になった悪習慣

2020年4月、私は重大なことに気づいた。それは、「父と二人で家に居る」という人生で初めての時間を、長期間過ごさなければいけないことだった。

父と私は、仲が良いわけでも悪いわけでもない。小学校の低学年までは、面白くて優しい父が大好きだった。しかし、小学校高学年になると父と話すことが減っていった。
理由は「なんとなく」だ。嫌なことをされたわけではなく、ただ「なんとなく」距離が開いていき、現在の関係性に至った。余談だが、この「なんとなく」には多くの女性が共感してくれるのではないだろうか。

この一年、多くの時間を二人で過ごした父に、伝えたいことが三つある。

「洋服がダサすぎる!」
「もはやどこで売ってるの?その洋服」
そんなふざけたことを口にできる関係ではないから、何度心の中でツッコミをしたことか。
百歩譲ってパジャマは許そう。その、誰がデザインしたのかわからないクマのキャラクターが描かれた真っ赤なパジャマだけは許してあげよう。
だけど、スーパーに行くのに蛍光ピンクのポロシャツはないでしょう。ベルトをお腹まで高くあげて、小学生のようなリュックサックを背負っていく姿は、あまりも、ねえ。

「お酒飲みすぎ!」
午前中、よくコソコソと家を出ていく。一度、そんな父の姿をドアの隙間からみていた。その手には、大量のビールの空き缶。
本当に呆れた。バレないと思っているのだろうか。私には全てお見通しなのだ。課題に集中しているとみせかけて、父のことはよーく把握している。

「チラチラ見ないで!」
オンライン授業を受けているとき、父はこちらをチラチラ見ている。そして、授業が終わったことを見計らって、毎日家で過ごさなければならない私に、大き過ぎる声で「今日は予定あるの?」と聞いてくる。「何も予定ないよー」と言う私に「そっか」と返す父。
その後も、やけに視線を感じる。正直、鬱陶しい。何を期待してこちらを見ているのだろうか。

まだまだ出てくる不満の嵐。だけど一度立ち止まって客観的に考えてみると

正直なところ、父に伝えたいことはこの三つだけではない。お味噌汁を飲むときに音を立てすぎること、手をしっかりと拭かずに色んな物を触ること、他にも沢山ある。
しかし、父もそれ以上に私に伝えたいことがあるのではないだろうか。
ターゲットのゴミ箱から外れたティッシュペーパー、品のない言葉遣い、芳しくない学校の成績。きっと、父だって私に伝えたいことが沢山あるだろう。
こんな関係性になってしまった以上、腹を割って話すことなんてこの先も絶対にない。だから私は、沢山の伝えたいことを飲み込んで、こう父に言う。

「お互い様だね」