私の仕事はマーケティングである。市場を調べ、競合を比較し、商品を使ってニーズを探る。これが私の天職!とは思わないが、それなりに頑張っているつもりではある。
しかし、
「俺の今日の予定。ミーティングあったっけ?」
「明日出張行くから、打ち合わせの時間に合わせて会議室予約しといて」
「領収証、経理に持ってって」
上司の要望の多いこと多いこと。

黙って動け、が暗黙の了解。私の仕事は上司の身の回りの世話ではない

私の会社は、中間層が非常に少ない。人口ピラミッドのように例えるなら、引き締まったウェストのような形になっている。私はその中の最下位層。言われるがまま動くことを求められている。そして私たち若手社員は、言われることが正しいことなのか、それを判断しきれないのである。

だが、言い返すことは許されない。黙って動け、それが暗黙の了解だ。
「乾電池なくなった」
ある日、上司がそう言ってきた。
「そうですか」
返せば、「そこで話は終わりか?」という目で訴えてくる。
「単三なんだけど」
「はい」
それは知っている。そのマウスは私が使っているものと一緒だから。
「ない?」
「持っていませんね」
「そう。じゃ、よろしく」
「『よろしく』?」
思わず聞き返せば、なぜ聞き返すと言いたげに、
「持ってきて」

私の仕事はあなたの身の回りの世話ではない!

上司はいかにも使いづらそうに、タッチパッドを触っている。私が断れば、私の向かいに座る同期に同じことを頼むだろう。誰かが犠牲になるのだ。私は心の中で舌打ちをし、席を立った。

これが当たり前のように行われる私の会社が、私は嫌いだ。上司からしたらこれは、当然のルールなのかもしれない。しかし上司はこういうことを、私と女の同期にしか頼まない。すぐ近くには男の子もいるのに。

理由が分からなかった。女子社員を下に見ているからか、それとも他に理由があるのか。

だから、理由を知りたいと思った。

「分からない」ことを聞けない。上司が周りに任せる理由が分かった

「明日○○へ出張。向こうのオフィスで商談だから、部屋取っといて」
”いつものように”言ってきた上司に、私は言い返した。
「商談室の取り方、ご存知ですか?」
「何言ってんだ。知ってるに決まってるだろ」
「そうですか。それでも、私が部屋を取ったほうがいいですか?」
「どこの部屋がどういう椅子で、どういうデザインか知らないからな」

悪びれる姿はない。ちなみに、どこの部屋がどういう椅子でどういうデザインなのかは、私も知らない。「イマドキのオフィス紹介!」と書かれた他社のサイトに載った、私の会社の写真を見て、そこで選んでいる。
「私も知らないんですよ。だからこのサイトを見て選んでいます。部長、一緒に見てくれませんか」

言えば、部長は「そうなの?」と私のパソコン画面を覗き込んだ。
「ここがいいな。明日はみんなで六人いるから」
「すごくキレイな部屋ですね。明日ここに行けるなんて、いいなあ」

素直な感想を口にすれば、いいだろうと自慢げな顔をされ、「ここの部屋、何番?」と聞いてきた。
「商談ルーム8です」
「そう。空いてる?」
「空いていますね」
「分かった。取っとく」
「私が取らなくていいんですか?」
「いいよ、部屋分かったし」

ここで理由が分かった。上司は「分からない」ことを聞けないのだ。今更、分からないんですかと言われるのが恥ずかしいのだ。だから周りに任せる。そして任された側は、やり方を教えず、結果だけ渡す。だから上司は分からないままなのだ。

「誰かが破らないと、変わらないでしょ」。私は同期に笑いかけた

そして女子社員にしか言ってこないのは、男性社会で生きていて(私の会社は悲しいほど男性優位だ)、常に相手を蹴落とす理由を探り合っているからだ。女性は相手じゃない。これは根本的におかしい考え方だが、上司一人が悪いのではなく、会社の根っこから変える必要があるので、これはまた別の機会に。

子どもか!というのが正直な気持ちだが、分からないなら教えるしかないな、と半ば諦めのような気持ちになった。

「よく言い返したね」

上司が席を立ったタイミングで、向かいに座る同期に声を掛けられた。嫌味な言い方ではなく、純粋にびっくりした、という口調だった。

「暗黙のルール、みたいなのあったじゃん」
そう続けられ、私は彼女に笑いかけた。
「誰かが破らないと、変わらないでしょ」