私が働く理由は、自己顕示欲のためだった。そしてそのあまりにも幼すぎる「働く理由」は入社して1ヶ月で呆気なく踏み潰された。

私が持っていた根拠のない自信は早々に打ち砕かれた

地方出身でこれといって取り柄のなかった大学4年生の私は、自己顕示欲を満たすため大手の入社試験ばかり受けた。
そんな私は「誰でも知ってる」就職活動ナビサイトを運営する会社の営業職として採用された。それは当時の日本の人手不足とちょっとした幸運によって得られた結果に過ぎなかったけれど、私が根拠のない自信を持つのには十分すぎる出来事だった。

根拠のない自信に満ちた私は、華々しい社会人生活を送ると信じて疑わなかった。
東京本社に配属され、700人いる同期の中で一番の成績を取り、社内の新人賞に選ばれるはずだと。
当たり前だが、現実は違った。まず、配属先は生まれ故郷の四国地方の支社だった。
上司は厳しい人で怒られてばかりだった。同期とは仲良くなれずお昼ご飯は一人で食べた。
次々とお客さんを獲得してくる先輩たちとは裏腹に自分だけ何ヶ月も契約を成立させることができなかった。
「こんなはずじゃなかった」と自己嫌悪に陥った。
入社して半年経ったある日、朝起きると体が動かなかった。初めて会社を休んだ。
出社することさえできない自分が心底嫌になった。そして思った。
自分は本当にダメな奴でなんの才能もないらしい。特別な存在になどなれない。営業職になど向いていない。給料泥棒でいるくらいならいっそ潔く辞めようと。
狭い1Kで布団に包まりながら、そう決意したのだ。

会社を辞めずにベテランの世代になった今の私は……

そして2020年。私は結局会社を辞めないまま入社5年目になっていた。
平均年齢30歳の我が社では十分ベテランの世代だ。

体がどうしても動かず、出社すらできなかったあの日。
部屋で布団にくるまりながら、転職情報サイトを眺めていた。そして自分の市場価値がとんでもなく低いことを知った。奨学金に家賃を支払わなくてはいけない。服も化粧品も妥協したくない。…お金がいる。どうしてもいる。そんな甘ったれた私が選べる道は次の日もちゃんと会社に行くことだけだった。次の日は辞めよう、来月には辞めよう。そうやって自分に言い訳し続け、現状から目を逸らし続けた結果、逃げ足の遅い私に残された道はただ地道に努力することだけだった。

そして、ドラマにも歌にも小説にもなりそうもない平凡な生活が始まる。
朝起きて顔を洗い、パンと茹で卵を食べながらニュースをチェックする。
今日は後輩の同行をお願いされていることを思い出し、背伸びして買った一番高いジャケットに袖を通す。
エレベーターであった同期と雑談を交わす。最近彼女ができて幸せらしい。
自分のデスクでパソコンを立ち上げるとメールがたくさん来ていた。

「来年の新卒採用計画についてアドバイスが欲しい」「求人原稿の相談がしたい」「20日に小野さんの支社付近に行くからランチでも一緒にどうか?」

お客さんからのメールに返信を打っているとあっという間に時間が過ぎる。午後からは外回りだ。
1件目に訪問した企業の人事担当者さんは雑談好きの方で、小学生のお子さんがゲームばかりして困るという話を聞く。
2件目の企業の社長は顔は怖いがとても優しい。
3件目の企業の人事部長さんはとにかく人手不足で困ってるとのことだったので、一週間かけて用意した今の採用フローに対する改善案を出すと、とても感謝してくれた。
帰社してからは課長と面談する。成績が伸び悩んでいる新入社員にどう接するべきか一緒に考える。
この日は早く帰れた。帰宅して早々、まずはペットのフェレットにご飯をあげる。自分もご飯を食べ、シャワーを浴びる。大好きな綿のパジャマに着替えてお気に入りの本を読みながら眠りにつく。

未だにお客さんに怒られると悔しくて泣く。
商談がまとまった日は本当に嬉しくて高級なアイスを買ってしまう。
上司はムカつくが尊敬している。
お客さんは困った人もいるが大好きだ。
残業が長引いた日はちょっと高めの入浴剤を入れたお風呂にゆっくり浸かる。
定時に上がれた日はジムに行く。
朝起きるのはだるい。
平日はさっさと帰りたい。
土日は最高だ。
私の愛すべき平凡な日常は、自分の努力で積み上げた私の大好きなものに囲まれている。

今が幸せだと胸を張って答えることができる、それが働く理由

5年前の新入社員の私へ。
私は同期の中で一番の成績にはなれなかった。
まだ東京に配属もされてないし、相変わらず狭い1Kに住んでいる。現状は何も変わっていない。
でも、私じゃないと契約しないと言ってくれるお客さんがいて、私を頼りにしてくれる上司と後輩がいる。
だから自分に見切りをつけるのを早まらないで欲しい。
今の辛いことは全て無駄にはならないから、どうか諦めないで。
勝手に人と比べて落ち込まないで。あなたが頑張っていたことは私が知っている。

私が働く理由。それは今が幸せだと他でもない自分に対して胸を張って答えることができるからだ。