お客さんとの商談に臨むとき、必ず脳裏に浮かべる自分の姿がある。
それは、オンラインで何人かとつないだパソコンの前で、せっせと下手くそなスクワットに励む、なんだか間抜けな姿の自分。それが、私が「ゆかいな私」になるためのスイッチみたいなものになっている。
あれこれ考えだすと、どうしても、ぎゅっと自分の中身が縮こまる
入社当初から2年目の半ばにかけて、お客さんの前で縮こまってしまう自分がきらいだった。出身地の関西弁が出ないように、失礼のないように、怒られないように、と思うと、表情ははりついたような笑顔しかできず、ぎこちない言葉しか出てこない。
人と話すのはきらいじゃない。いろんな企業のお客さんと話して、いろんなことを知ることができるのも好きだ。ただ、ここは関西じゃないから、これはアルバイトの簡単な接客とは訳が違うから、こんなやつが担当なのか、なんて思われたくないから、こんなことも知らないなんて言えないから…と考えだすと、どうしても、ぎゅっと自分の中身が縮こまって、うまく話そうと必死で、でも結局できていない、もはや何を言っているのかも分からない、目も当てられない自分になってしまう。
「限定質問が多いね」。「まずは相手の言うことの受け止めをしてみよう」。
歴代の上司は言った。だから、「聴く力」みたいな本だって読んだしオンライン講座だって受けた。でもそこで出来上がったのは、ぎこちなーく相手の言うことを繰り返してみる、やっぱり目も当てられない自分だった。
自分なりに背筋を伸ばして話せるようになったきっかけは
そんな私が、「ゆかいな私」を纏って、少しだけ縮こまらずに、自分なりに背筋を伸ばして話せるようになったのは、入社して2年半くらいのタイミングで上司になった人の、本当にささいな言葉だった。
「ぽんきちはさ、本当は昼休みのスクワット会にノリノリで参加できるような子じゃん?」
「それをせっかく出会ったお客さんに知ってもらえないのはもったいないよ」
スクワット会というのは、全社でリモートワークが導入されて少し経った頃にはじまった、有志の数人で昼休みに15分間ほど、画面越しにスクワットをする会だ。発起人は普段からテンションの高い、筋トレ好きな男性社員の方々。多くの人が「いやいや、私は大丈夫です(笑)」と不参加の中、意気揚々と「えっ楽しそうやります!」と謎に手を挙げた私。実際にはじまってからも、「楽しいからやりましょうよ~!」と、誰も乗ってこない中、先輩だらけの組織の中で、せっせと布教をしつづけていた。
たぶん上司が言ったのは、そういう私の姿のことだったのだと思う。それを聞いて、私は「たしかに!」と思った。
自分のことを話すと、お客さんとの間で笑いが起こることが増えた
たしかに私は、スクワット会にノリノリで参加する人間だ。
おとなしそうとよく言われるけど、おとなしいのは嫌いで、なんだってやりたいしなんだって好きなように喋りたい人間なのだ。
お客さんの前でなければ自然に振る舞えている自分が、商談の場になった途端にしぼんで消えてしまう。せっかく出会えたのに、この人は、私がこんなにゆかいなことを知らないまま、案件が終わってお別れになってしまう。
なんてかわいそうなんだ!
たしかに、もったいない!
…上司のその言葉で、私はここまで吹っ切れてしまった。もちろん自分を鼓舞するために
無理やり吹っ切れた側面がなかったとも言い切れないが、でも、たしかにそう思ったのだ。
そこから、商談での話しやすさが格段に変わったような気がした。家からのリモートであることをいいことに、(もちろん話の流れに合わせてだけど)自分のお気に入りの変なペン立てを紹介したり、電車関係の仕事をしているお客さんに対して昔の鉄道博物館での思い出を語ったりした。そうして自分のことを話すことができるようになると、分からないことでも分かりませんと素直に言えるようになって、そしたら意外と、相手は嬉しそうにいろんなことを教えてくれるのだということを知った。自分のことを話すと、相手も自身のことを話してくれて、いつのまにか仕事とは関係のない話で盛り上がることも、お客さんとの間で笑いが起こることも増えた。
今日も背筋を伸ばして、画面の向こうの相手に挨拶をする。まだまだ単純にスキルが足りていなくて、直視できる自分ではないものの、でも私は、ビジネスの場では少し場違いかもしれない、鼻にしわを寄せた笑い方でお客さんに挨拶をする「ゆかいな私」が決して嫌いではない。