私の家ではいつも平日夜の8時を過ぎる頃になると、
「できました。」
と母から短い通知がくる。

父と母の間にあったのは、業務連絡みたいな会話。父は肩身が狭そうで

転職サイトを眺めていた私はベッドから身体を起こし、スタンプで返事を済ませると、
「おーい。ご飯できたって」
と、隣の部屋の父に声を掛けて一階へ向かう。
ついさっき仕事から帰ってきた父の「はあい。」という柔らかい声がした。

テーブルの上には母と私二人分の食事が用意されてある。
父は、自分の分は自分で盛りつける、という暗黙の了解をいつからか守っていた。
「お父さん、昨日の余りが冷蔵庫にあるから、それも食べてください」
母はいつものように、ちょっとぶっきらぼうに言った。
父と母の間には、こういう業務連絡みたいな会話だけがあった。
母は時折、父のことを邪険にするように接し、父は少し肩身が狭そうだった。

姉が結婚して家を出ていき、妹が就職して一人暮らしを始めた頃、仕事を辞めた私が入れ替わるように帰ってきて、父と母と私、三人の生活が始まった。

実家が嫌で仕方なく、半ば強引に、誰よりも早く家を出て、好き勝手させてもらった身としては、情けなく申し訳ないような気分であったが、父も母も私のことを優しく受け止めてくれた。
昔から喧嘩ばかりで、仲良し夫婦には見えなかったけれど、子どもにとっての二人はこれ以上ない最強の味方だった。

二人の間に淀む空気を、見て見ぬふりをしながら…。それが日常

「今日は雨降ったねえ。桜、散っちゃったかな。今年はお花見できなかったねえ」
父はどんぶりいっぱいのご飯に、カレーをかけて、昨日のかき揚げと、厚揚げを焼いたものをテーブルに並べながら言った。
「そうだねえ……」
私はわざとのんびり答えて、黙ってテレビを眺めている母にチラと目をやると、胸が少しだけキュッとなった気がした。
二人の間に淀む空気を、見て見ぬふりをしながら、なんでもない風に箸を動かす。

そんなことが日常だった。

長年連れ添ってきた夫婦。
そこにあるのは、好きや嫌いという言葉では到底言い表せない、独特の機微とうねり。
さまざまな色の絵の具が溶け合った水面のように、じっくりと、日々模様を変えていく。

自ら祝いの場を用意する他なかった母。お疲れ様の気持ちで乾杯した

次の土曜の夜、母に二人で外食をしようと誘われ、近くのレストランへと出かけた。
「昨日で結婚30周年だったから。自分へのご褒美にね。やー、もう30年だって。私もごじゅうウン歳、ほんとおばさんーー」
久しぶりのお酒を片手に、母は笑っていた。

30年という年月に驚きつつ、自ら祝いの場を用意する他なかった母の切ない気持ちを察し、おめでとうよりも、お疲れ様という気持ちで乾杯をした。
父は覚えているのだろうか、覚えてはいるんだろうな、きっと。

「気が利かなくてごめん。毎年何となく流れちゃってるからさ。結婚かあ。できるかな……」
私がそんなことを呟くと、
「お父さんとお母さんを見てると、結婚したくなくなるよねえ。ね、お父さんって天然よね。何度死ぬ目にあったか……。昔ね……」
と、お酒の弱い母は顔を赤くして、30年前に婚姻届を出しに行ったときの話を始めた。
急いでいた父が、朱肉をハンコの逆につけて押してしまった話。思い浮かべるとおかしかった。

川沿いに並ぶ散りかけの桜を眺めながら、言えない言葉が溢れた

私たちが生まれる前の、二人だけの記憶。
父と母がこれから夫婦でがんばっていこうと決めた日は、どんな空の色だったのだろう。
二人の過ごしてきた幾つもの季節を思うと、もっと仲良くしたらいいのになんていうお願いは、少々おせっかいである気がしてきたのだった。
「ただの朱い丸になっちゃってね、役所の人もそんなの笑っちゃうよねえ」
思い出しながら微笑む母を見て、私はほっとした。

たくさんの今日を積み重ねた先に、今の二人の関係がある。
歪ながらも愛おしい不思議なカタチが、父と母を、そして私たち家族を包んでいた。

お父さん、働いてばかりのお父さん。
いつもありがとう。

私はずっと、お父さんが好きなんだよ。
お母さんも、たぶんそう。

家路につき、川沿いに並ぶ散りかけの桜を眺めながら、言えない言葉が溢れた。
それはさみしい祈りのように、まだ肌寒い4月の宙を舞っていく。

「きれいだねえ。お父さん、仕事の帰りにこうやって、夜桜してたんじゃない?缶ビール片手にさ。飲んできたでしょっていうと、いっつも飲んでないって言うんだから。もう」
母はそう言って、楽しそうに笑った。
「はは、そうかもね」
私は立ち止まって答えると、写真を一枚撮った。
街灯の小さな光に、降りそそぐ花びら、前を行く母の後ろ姿。
仕事中の父にメールで送る。

「桜。次はみんなで見に行こう」
そう短い文を添えて。
何て返事がくるだろうと想像しながら、いつもよりやさしい気持ちで、いつも通りの道を歩いたのだった。