おぼろげな記憶が頭の隅から顔を出した。浴衣の中で一人、悪目立ちをしている女の子の事を。

大人、子ども、散歩中の犬さえも皆が笑っている気がするから、すれ違う一瞬はグッと全身が強張る。肌に触れて欲しくない生暖かな風を全身に浴びながら、真っ暗な世界を小さな歩幅で歩いていた。

盆踊りの時、同世代の女の子は浴衣を着ていたが私はワンピースだった

その日は、親とだけど、唯一遅くまで堂々と外出して良い日だったから特別で、カラカラと玄関を開けると冒険に出発するみたいでとてもワクワクした。月明かりと暖かなオレンジ色の光がぽつぽつと遠くに見えて、皆が同じ方向に歩いて行くから、宇宙人に操られているみたいと思った。

盆踊り大会の会場に入るとまず、櫓の大きさに驚いた。時々、ドンドコドンドコ急かされてるような耳を塞ぎたくなるような大きな音が鳴るから、心臓が今にも飛び出してきそうだった。

出店には、購入しないのにまるでお客さんの様に光に群がる虫は気持ち悪かったし、水色の大きなプラスチック容器に入れられた金魚を我を忘れて追い回している人達を見た時は、悲しくなった。なんともいえないパサパサのたこ焼き、飴を噛み砕いてると誤解するレベルのかき氷が300円もするなんて信じられなかった。

そういえば、会場の雰囲気に圧倒されて忘れていたけれど、会場一面が煌々と明るいから、私が着ている“ピンクのワンピース”が目立ってしまっていた。眼球だけを動かして一人、また一人、同い年くらいの女の子は皆、“浴衣”を着ていたと思う。

母が大切に縫ってくれた「ワンピース」なのに、当時は恥ずかしかった

このピンクのワンピースは、母の手作りだ。大人になった今なら、抱えきれない程の愛と気持ちを込めて大切に大切に縫ってくれた特別なワンピースを、堂々と見せびらかすように歩くけど、幼い私にそれは、難しかった。

私服で来た女の子だっていたかもしれないのに、浴衣に囚われた私は、皆と同じ浴衣を着ていない現実に胸が張り裂けそうだった。足元を見ながら「嫌だ。見ないで」と、心の中で何度叫んだか分からない。

最悪な気持ちを抱えた幼い私の気持ちを余所に始まった盆踊り。踊っている時も視線はやっぱり華やかな柄を目で追っていて、心と身体がバラバラな姿はまるで宇宙人に操られている人間のようだった。

あんな思い出から数年後、念願が叶い浴衣を買って貰えた。本当は別の色が良かったけれど、着たのはピンク色だった。ピンク色を見たら嫌な気持ちがフラッシュバックして憂鬱な気持ちになったけど、あの時の気持ちをもう一度味わうくらいならそのくらいと思い我慢をした。

浴衣を着て「思い描いた姿」になれたのに、少しも気分が晴れなかった

人生初の浴衣を着付けて貰い、「もう浴衣だから何も怖くない!」と、夏祭り会場へと急ぎながら、得意げな顔をして歩いていたのも束の間、赤い鼻緒の下駄は一歩踏み出す度にバランスが取りにくくて上手に歩けないし、指の間に前つぼが擦れるから唇をギュッと結んでいた。帯は窮屈で仕方なくて、直ぐにでも全て脱いでしまいたいと思った。

周囲には今年も華やかな浴衣を着た女の子が大勢いて、照れた可愛らしい笑顔を大切な人に見せながら、幸せそうに過ごしている姿を私は、遠くから冷めた目で見つめていた。やっと思い描いた姿になれたのに、少しも気分が晴れなかった。

ある日、懐かしさに浸りたくなって、眠っていたアルバムを引っ張り出した。「これ覚えてる」とアルバムをめくりながら感想をぽとぽと落としていたら、あるページで手が止まった。あの時の“ピンクのワンピース”姿の写真が掲載されていたからだ。

大人になって、この1枚の写真を見つけていなければ思い出す事もなかった記憶と、手元にはもうないワンピースを思って、アルバムを花束みたいに抱き締めた。“特別なピンクのワンピース”の事を、夏になる度に思い出す。