「ねぇ本当に俺でいいの?」
私の目の前で、ゴムをつけながら、私に視線を向け確認をする大学生の男の子。初めて、男の人の部屋に入った日。初めてお酒を飲んだ日。私は今、この人の前で服を脱ぎ、処女を捨てようとしている。

「付き合ってる人いるんだよね?初めては、俺なんかよりも彼氏さんがいいんじゃないの?」
「いいの。だって彼氏とした時に、キスもエッチも下手だって思われたくないんだもん。嫌われたくないの」

「来週、俺の家こない?」嬉しい気持ちよりも、焦りが勝った

20歳になったばかりの私は、付き合って1ヶ月になる同級生の男の子がいる。
初めての彼氏。大好きで大好きでたまらなくて、告白してやっと付き合えた人。彼とのデートは楽しいし、少しの時間でも一緒に居られるのがこの上なく幸せだった。デートの帰り道、彼から誘われた。

「来週、俺の家こない?凪も20歳になったし、一緒にお酒飲もうよ」

お家で二人でお酒飲むってことは……多分するよね。
初めての彼の家へのお誘い。嬉しさと同時に、私が処女だと知ったらこの人どう思うんだろう、歴代の彼女と比べられて下手って思われたらどうしよう。嬉しい気持ちよりも、焦りが勝った。

家に帰ってからすぐに調べてしまった。検索窓に、「彼女 処女 エッチ」と入れて。ポジティブな書き込みも多かったけど、私の目にとまったのは、「めんどくさい」「重い」の言葉だった。処女の自分で彼のお家に行きたくない。手っ取り早く、捨てる方法を知ってる。
その夜、私はマッチングアプリを入れた。少しして、都内の大学に通ってる大学生3年生からメッセージ。
「週末なら会えるよ!」

この人にとっての私も、お互いが1番になれない存在同士なんだ

その人の家は、自分の最寄駅からも結構近かった。初めましてですぐ家に行くのは怖いから、まずはカフェに行こうと気を遣ってくれる人だった。お互いの服装を目印に、駅前で待ち合わせ。
人混みの中だったけど、茶髪で、頭一つ分背が高かったから、すぐに分かった。数日前、アプリ上で初めて知り合った男の人が、本当に目の前にいることにをやっと実感した。
「凪ちゃんだね!アプリで誰かと会うのは初めて?」
「はい、初めてです。今日はよろしくお願いします」

私、今普通に話してるけど、この後この人とエッチするんだ、って。
カフェで少し話してみたけど、優しくて気さくな人だった。人当たりもいいから、きっとクラスの中にいたら、ムードメーカー的存在になるんだろうなって冷静に分析してる自分がいる。
カフェから15分ぐらい歩いて、初めて男の人が一人で暮らしている部屋に行った。
お酒を初めて飲んだ。飲まないと今自分が置かれてる状況なんて、受け入れられなかった。
「酔ってる姿も可愛いね。本当に俺でいいの?」

慣れないお酒を飲んでるからか、この人の声もふわふわして聞こえる。大丈夫大丈夫。もうここまで来たんだから。

「ゆっくりしてね」
ゴムをつけている姿を見て、少し酔いがさめてきた。最初は緊張していたのに、ワンルームの天井を見ながら、得体の知れない空虚感に襲われて、「何やってんの」って、冷静な自分がいる。
私といるときはずっと無視してたけど、事が終わるとすぐさま携帯を開く目の前の人。下着をつけながら、横目で見てると、一言。
「彼女、すぐLINE返さないと怒るからさー。帰りは気をつけてね」

あ、そっか。私にとって偶然マッチングしたこの人も。この人にとっての私も、お互いが1番になれない存在同士なんだ。なんか虚しいな。彼の元に帰りたい気持ちで溢れた。
もうきっとこの部屋にはこないけど、とりあえず「女性」にしてくれてありがとう。
自分の最寄駅までの帰りの電車が何故か長く感じた。なんだろう、体は満たされたはずなのに、心が空っぽなのは。

どうして、自分の初めてをこの人にあげられなかったんだろう

数日後、心待ちにした彼のお家へ行く日。体のお手入れも、メイクも、下着も、バッチリ。大丈夫。深呼吸して、心を落ち着かせ、インターホンを押す。
「お酒飲むのも初めてだって言ってたから、飲みやすいお酒と、俺が普段飲んでる少し強いのも買ってみたよ」
そう言って、家に入れてくれる。
いつもながら、自分のことをちゃんと考えてくれてるんだな。彼のふんわりと笑う笑顔に心があったかくなる。

一緒にお酒を飲んで、映画を観て。
「お酒飲んで、酔ってる姿も可愛いね」

どこかで聞いた言葉だ。
今日のために買った下着を彼に見せる。ぎゅっと体に力が入って、緊張している私に気づいたのか、初めて付き合ったのが自分だと知っている彼が言葉をくれる。
「男の人はね、自分が好きな人の最初になれるのは、嬉しいことなんだよ」

そう言われた時に、涙が出てしまった。
嬉しかったんじゃない。なんで目の前にいる大好きな彼のことを信じられなかったんだろう、私。
どうして、自分の初めてをこの人にあげられなかったんだろう。
お酒を飲んだのも、自分の肌を見せるのも、本当なら彼が最初なら良かった。
この涙も「幸せ」の気持ちであふれるものだったのに。どうして今自分の中が罪悪感で溢れているんだろう。

私は彼の肩にめいいっぱい手を回した。こうやってぎゅってやると、男の人が喜ぶってあの男の子に教えてもらった。
きっと笑顔すらぎこちないだろうから、お願い。顔は見ないで。
色んな感情が自分の中でぐるぐる入り混じって、幸せなはずなのに、あなたの前でいつものように笑えないの。

嫌われたくなくて、彼が好きな私になりたかっただけなのに、今は、自分のこと、こんなに嫌いなのはどうしてだろう。

「どうした? 泣いてるけど、痛い? 一回やめようか」
「違うの。全部全部、あなたが初めてで嬉しいからだよ」

ねぇ、私とのキス気持ちいい?私として、幸せ?涙が溢れすぎてもうよくわかんないや。
本当なら彼と味わうことのできた、色んな初めて。いつからこじらせちゃったんだろう。信じられなかったのは、彼じゃなくて自分自身だった

でもね、ごめんね。大好きなの。