あんなに不味いいちごパフェは初めて食べた。
高3の夏、初めての恋人に奢ってもらったファミレスのパフェ。
喉を進んでくれない生クリームの嫌なつっかえを、妙に覚えている。

一目惚れしてようやく付き合えた彼は、多分私を好きじゃなかった

色黒の肌と、すらりとした体躯と、ニヤリと笑う口元と。高校の入学式で隣の席で、ほとんど一目惚れだった。本当に大好きで、高校3年生になった春、ようやく付き合えた。

受験勉強の息抜きだとうそぶいてはキスを何度もした。間違いなく幸福だった。
勉強に疲れ、見えない未来に怯えながら、それでも初めての恋人の存在は、私をこの世で最も幸福な女の子にしていた。

それなのに。多分、彼は私のことなんて好きじゃなかった。

もし私のことを好きだったなら、他の女の子と2人きりで遊びになんていかなかっただろう。恋人である私がいて、受験勉強だって大変で。なのに、2人きりで、田舎町から大阪へ。
もうすぐ夏休みで、遊べるのは最後だね、勉強頑張ろうね、と、みんな言い合っている時期に。
相手はどう見ても私よりも可愛くて綺麗な、同じ学年の女の子だった。

友達からその噂を聞いたとき、人生で初めて耳鳴りが聞こえた。
その耳鳴りは、夏休みになって、誰もが大学合格を目指して勉強している間、鳴り止むことはなかった。
夏休みは勉強に集中しよう、会わないでおこう、と2人で決めてしまったせいで、彼には聞けなかった。
耳鳴りさえ呼びおこす心の動揺の制し方を、私は知らなかった。私の体は、徐々におかしくなっていって、気づけばご飯が食べられなくなっていた。

夏の終わりにようやく決心し、彼を呼び出しファミレスへ

真夏、受験生、食べられるものはカロリーメイトだけ。当然体から肉が落ちていく。160センチ、体重が37キロしかなかった。異常な容貌をしていたと思う。
こんな体で生活なんてできない、早くこの耳鳴りを止めよう。彼に聞いてしまわないと。
浮気を知って1ヶ月近く経って、夏の終わりにようやく決心した。

会いたい、とメールをしてみると、彼はもちろん優しい恋人ぶって、ファミレスでご飯を食べようと提案した。
ガリガリに痩せて顔色の悪い私を見て、いささか驚いた彼は、私と対照的に健康そのものだった。すらりとした体躯を持つ、18歳の男の子だった。
彼はハンバーグセットをライス大盛りで。米なんて夏前を最後に口にしていなかった私のことなんて知るはずもない。
「食欲ないんだよね。」
「じゃあパフェにしなよ。」
そんなもの喉を通るはずもなかったのに、断ることもできなかった。

スプーンでパフェの先端を突くと、転がり落ちていくいちご。生クリームがべっとりとついていた。カロリーメイト以外に久しぶりに口に入れた固形物。飲みこむことはできなくて、口の中で転がして、吐き出さないようにだけ慎重に。
減らないパフェを見て、ようやく彼は、私のおかしさに気付いたようだった。
「どうした?」

「浮気したでしょ」。人目も憚らず泣き、パフェは緩やかに崩壊した

今しかない、踏み出せ、私。いちごを飲み込んで、水で流して、呼吸を整えて。
「浮気したでしょ」って。
一夏抱え続けたその言葉を吐き出した瞬間、堰を切ったように涙が流れたのを覚えている。
ファミレスで、人目も憚らずわんわん泣いた。パフェの土台になっていたバニラアイスはゆっくり溶けて、生クリームと果実の城は、緩やかに崩壊していった。

彼は、なんと返したんだったっけ?
実はその先のことをあまり覚えていなくて、パフェの残りは彼が食べてたことだけ覚えてる。
18歳だった私は幼くて、自分のことばかりを考えていたから、大人になってこうやって回想してみても、自分の心と体に起こっていたことばかりが頭に浮かぶ。
私の体に入りきらなかったいちごパフェ。彼の体には吸い込まれていった。

暑くて、息苦しくて、いちごパフェでさえ不味く感じるような夏だった。
でも確か、手を繋いで帰った。さて、浮気を問い詰められた18歳の男の子は、何て返してくれたんだろうね。
あの夏せっかく出した勇気は、どうやって彼の中に吸い込まれて、いちごと一緒に消えて行ったんだろう。