丁寧に食事をつくって食べる、「いつも」とは違う休日
目が覚めて時計を見たら昼の12時だった。
カーテンを開けると昨日降っていた雨は止んでいて、窓を開けると柔らかい風と一緒に春の匂いがした。
空気をすうっと飲み込むと、急にお腹が空いた。
お湯を沸かして、その間に食事の準備をする。
遅すぎる朝食はフレンチトーストにしよう。
じっくりふわふわに焼き上げて、はちみつをたっぷりかけて、ついでにアイスも乗せて食べよう。
卵をとく。
渦を描く黄色の中に真っ白なお砂糖とミルクを入れる。
そこに沈んだパンを眺めて、私はわくわくしていた。
お湯が沸いて、パンを眺めながらゆっくりとお湯を飲む。
パンの白が黄色に変わったのを確認して、それをフライパンに移した。
じゅわっとバターの香りが広がって、焼ける音が心地いい。
お皿に乗せるとぷるぷるした黄金の見た目がかわいくてうっとりした。
うきうきしながら一口食べたフレンチトーストはとろけるくらい幸せにおいしかった。
天気が良いから外で食べたいな。
ベランダに椅子を持って行こうか。
私のわくわくは止まらずベランダに移動し、そのままゆっくり時間をかけて朝食を食べた。
明日はもう少し早く起きて、和食の朝食が食べたいな。
そして昼は去年オープンした行ってみたかったカフェに行こう。
掃除をして、映画を見よう。
これが私のいつもの休日。
ではない。
昨日、会社を辞めた。
入社7年、営業部のエースだった私。いつしか心が壊れていた
私は営業部のエースだった。
入社当時から期待され、入社一年目に成績トップになった。
自分自身優秀な自覚もあった。
沢山努力をしたし、結果が出ることが嬉しかった。
後輩を厳しく指導して、先輩にはしっかりと気を遣った。
毎日誰よりも早く出社して、終電で帰宅した。
週に2日ある休日は、1日は休日出勤、もう1日は1日中寝て過ごした。
「次も頑張ってくれ」
結果を出すたびに上司にそう言われた。
「頑張ってますアピールがうざいよね」
女子トイレの曲がり角で後輩が私の事を言っていた。
私は頑張ることが楽しかった。
忙しいことが嬉しかった。
周りにどう思われてもどんな状況でも結果を出し続けなければならない。
自分自身で描いたエース像がどんどん大きくなっていた。
気がつくと入社して7年が経っていた。
あっという間の7年。
それに気がついた頃には私が居なくなっていた。
会社の中では確かにエースの私が存在した。
私の中に私が居なくなっていた。
それに気が付かなかった。
部屋は掃除が行き届かず、マスクの下はすっぴん。
服もかまわなくなり、ごはんをゆっくり食べることを忘れていた。
毎週くる休日は仕事に備える為だけに与えられた日だった。
身体が壊れる前に、心が壊れていた。
知らず知らずと自分では気付かない何かがどんどん大きくなって、私が私を苦しめた。
私は私に負けた。
自分自身で描いたエース像が、音をたてて壊れた。
エースを辞め、全てを捨てて私は私になった。
私は、居なくなった私を探す為に会社を辞めた。
久しぶり、当たり前のたのしい日々。久しぶり、私
風が気持ち良い。
鳥が飛んでいる。
どこかの子供の声が聞こえた。
車の音がする。
濡れたアスファルトのみずたまりがハートに見える。
当たり前の全てが久しぶりな気がした。
久しぶり、あったかいベランダ。
久しぶり、わくわくする朝ごはん。
久しぶり、うきうきする明日。
久しぶり、私。
いつもと違う休日は空が青い。