駐輪場から武道場へ行く途中、細い道路の向こう側にテニスコートがある。そこを横目で見るのが日課だった。

テニス部に片想いしていた彼がいた。頭も運動神経もよく、生徒会に属しているような優等生だった。同級生ながらに憧れの気持ちもあったのかもしれない。

中2の夏休みの最終日に偶然が重り、駐輪場に彼がいるのを発見した

剣道部だった私の活動場所である武道場は、座っているだけでも汗が溢れ出すほど暑かった。それでも全身に防具を纏い、竹刀を振り懸命に声を出していた。

一番嫌だったことは、活動時間を過ぎることだった。私語の一切を許さないような、厳かな雰囲気に満たされた武道場を崩すかのように、帰宅する彼らの楽しそうな談笑が聞こえてくる。その声がすると、今日も話せないのかと落ち込んだ。

終了時間が同じだったこともあるが、お互い友人と一緒だったため挨拶もできなかった。「友人がいるから」と言い訳をして、逃げている自分が嫌いだった。

中学2年生、夏休みの最終日に偶然が重なった。私の友人は早く帰ったこと、彼が一人だったこと、剣道部が時間通りに終わったこと。駐輪場に彼がいるのを発見した瞬間、自分の顔が真っ赤になったのがわかった。

彼は短髪から滴る汗を鬱陶しそうに腕で拭い、2リットルは入りそうな大きな青い水筒に口をつけていた。胸に手を当てなくとも心臓の鼓動を感じるほど緊張していた。話しかけたいのに、近づくのが怖かった。

私は目いっぱいの勇気を振り絞り「ねえ、一緒に帰ろ!」と彼に言った

深呼吸をして気持ちを落ち着け、駐輪場を目指して進む。彼との距離がおよそ2メートルになったところで「お疲れ。今日は暑いね」と話しかけた。声は裏返っていないか、早口になっていないか、声がセミの合唱にかき消されていないか。夏の暑さも相まって、ぐるぐると考えてしまう。

「ああ、お疲れ。ほんと、あっついよね」と微笑みかける彼が眩しくて、言葉を返してくれたことが嬉しくて、感情がごちゃ混ぜになって頭がどうにかなりそうだった。私は、「熱中症になるかと思った」漏れ出てきた髪を耳の後ろにかけながら言った。

そのとき、自分の身だしなみが無性に気になった。前髪は汗でおでこに貼りつき、後ろ髪も乱れているんじゃないか。汗と防具の臭いがしているのでは、と不安が込み上げてきた。

彼は「そっか」と淡白な返事をした。両足スタンドを蹴り、自転車を動かそうとしていた。このままでは彼は帰ってしまうだろう。こんなチャンス、二度目はない。何もなく終わってしまえば、きっと後悔する。今後、「あの時、一緒に帰っていれば…」と思い返すことになるのは絶対に嫌だ。

私は目いっぱいの勇気を振り絞り、口を開いた。「ねえ、一緒に帰ろ!」と。自分でも驚くくらいの大きさの声が出た。会心の面を取ったときくらいの声量だったと思う。

すると「え、逆に帰らないの?」と、彼はきょとんとした様子で言葉を返す。駐輪場で見つけた時よりも、心臓が大きくはねた。その時の私は、面を食らったような顔をしていたに違いない。

帰り道では自転車を走らせながら話していた。でも、別れはやってきた

帰り道では、自転車を走らせながら色々なことを話していた。大会のことや夏休みの宿題のこと、顧問の先生の愚痴までも。10分ほど田んぼ道を進んだ後、お別れの時がやってきた。人通りの少ない十字路で止まると、彼もそれに続いた。

「家、こっちだから」と私は右方向を指さした。「そっか」彼と目が合って、顔がまた真っ赤になった。見つめあったまま、数秒間の沈黙が訪れる。

彼は目を逸らし、口を開いた。「じゃあね、バイバイ」と言って、小さく左手を振っていた。この時間がもう終わってしまうのかと思った。寂しくないと言えば嘘になる。「一緒に帰ろう」と伝えられた私なら、胸を張って言えるはずだ。

私は「また明日ね!」と彼の顔を見て、笑顔で言った。手を振り返し、家に向かって自転車を走らせる。告白も、手を繋いでもない。しかし、確実に何かが進展した実感があった。いつもは煩わしい虫やカエルの声が気にならない程、私はご機嫌だった。

卒業式に失恋することなど知らずに。でも、彼のおかげで挑戦する勇気が出た。この恋が私を一つ大人に近づかせた。少しだけ成長できた日だった。