失恋した。たぶん。

端的いうと、3回デートしていい感じだと思っていたら家に連れ込まれそうになり、それを断った後から音信不通。

彼と連絡が途絶え、世界で一価値が無く魅力の無い女のように感じた

彼のことが大好きだった。まん丸な目、白い肌、黒く艶やかな髪。すべてがわたしのストライクゾーンで、職場で人目も憚らず連絡先を聞きデートに漕ぎつけた。いつも奢ってくれたし、優しかったからいけると思ってた。

彼が求めていたのは、体だったけど。わたしは胸がメロンくらいあり、髪は明るくズボラな性格のお陰で毛先はパサパサ、だから、軽く見えたのかなって思う。

あと、わたしは世間でいわれる“重たい女”という分類に属している気がする。相手に常に認められたい、肯定されたいという思いの強さから、連絡を常に取れないと不安になってしまうこと。既読がついていないのに、待てずにLINEを送ってしまうところ。異性からすると面倒な女の行動で、逃げたくなってしまうに違いない

そんなメンヘラ気質なわたしは、彼と連絡が取れないことで、自分は世界で一番価値が無く魅力が無い女のように感じ落ち込んでいた。一度断っておきながら、やっぱり体だけでも繋がっていた方が良かったと嘆いたりもした。仕事場で彼とすれ違うたびに、心が擦り切れる思いで視線を送り、重たさを増強させたりしていた。

美容室に行き、髪の毛の傷みが修復されていくように私の心も癒された

しかし、そろそろ次にいかなければ、今の現実を受け止めなければとも思い、気分転換にと、前から気になっていたお洒落な美容院へ行ってみることにした。そこは、ずっと寝てばかりで髪はボサボサで、毛先は傷んでおり、服は毛玉だらけのわたしとは相反する場所だった。

私は「お願いします」と名前を述べ、受け付けをすますと、担当だという美容師さんが、わたしのことを大きな目を開き見ていた。男の人か……。久しく異性と関わっていなかったわたしは、少し萎縮する。

「よろしくお願いします」と笑顔、低めの声。大きな目。ふわふわなパーマ。挨拶を受け、明るくていいなと思った。カラーとカットがはじまる。わたしが椅子に座ると、美容師さんが、なんの気なしに、さらりとわたしの髪に触れた。髪質を確認している? 寝起きで、絡まったわたしの髪を解いていた。さりげないスキンシップ。普段、異性に体を触れられることがないわたしは、人の手が自分の一部を当たり前のように触る状況に少し驚きしかし悪い気はしなかった。

「そーなんですね、大学生?」と接客として丁寧さは保ちつつ、適度にタメ口を挟んでくる。くだらない会話がテンポよく進む。距離感が心地よい。わたしのことは聞いてこないのに、屈託なく自分の話をしてくる様子もよかった。

カラーが終わり、席を移動し、トリートメントがはじまった。何度も細やかな工程が決まってるかのような動作で髪に薬剤を馴染ませ洗い、頭皮をマッサージするという行為を繰り返す。それは受け手側からしても、想像できる、力のいる重労働だった。美容師は、それを1日何回も繰り返しているはずなのに、疲労すら見せず難なくこなしていく。いい匂いのトリートメント、温かなお湯、ヘッドマッサージ、施術の度に耳に響く、優しくて低い声かけ。トリートメントを通して、髪の毛の絡まりや、傷みが修復されていくように、自分の心のわだかまりも解されているような気がして癒された。

施術が終わり、ケープを外す。お会計に向かうと、客だぐらいの目線でしか見ていなかった美容師さんの目が一瞬、胸のあたりで止まった。そういえば、今日は薄手のニットを着ていた。ケープを脱ぐことで、わたしの大きいと評される胸の形が露になっていた。彼は、胸を見たことをわたしに悟られないようにというように、すぐに目を伏せ、軽い雑談と共に「次回もお越しをお待ちしています」と決まり文句を述べた。

失恋して絶望していたけど、少し「絶望の淵」から抜け出せた気がする

普段、胸のあたりを見られるのは不快だった。わたしの中身ではなく、わたしの性だけを見られている気がして。好きだったあの人もそうだった。わたしには胸以外にも構成する要素はたくさんあって、わたしを形作るものはさまざまなはずなのに。そこにばかり着目される。

けれど、胸は確かにわたしを構成するものの一部ではあり、それを否定することは自分を否定することとなる気がして、余計に大きな胸の存在はわたしを苛立たせていた。好きだった相手に振られ、自分にはなんの価値もないんじゃないかという絶望感に晒されていたわたしにとって、わたしを女として意識する人がいたこと、意識しつつもすぐに目を逸らし、わたしの中身と会話を続けようとしてくれる人がいるというのはなんだか嬉しかったし、励みになった。そんな気がした。

彼と音信不通になってから、自分に自信を持てずにいた。自己否定ばかりを繰り返していた。きっと彼だけではなく、世間的に見てもダメなやつなんだと思い込んでいた。けれど、案外そんなことないのかも。

美容室で、カラーとトリートメントもしたお陰で、今のわたしは髪はピカピカだし、毛玉もさっき取れるだけ取ったから洋服も綺麗だ。大きな胸がずっとコンプレックスだった。けれど、みんな胸だけでなく、ちゃんとわたしの中身も見てくれているような気がしてきた。胸だけ見てると思い込んでいたのは、わたしの方だったのかもしれない。

うん。彼と職場で会ったら次は視線なんて送らず、目が合ったからって慌ててそらさず、堂々と見つめ返して微笑もう。わたしは彼に対して、魅力的な女性ではなかったかもしれないけど、それは彼がそうであっただけで、世の中の人みんながわたしのことを魅力ないと判断しているわけでも、みんながわたしのこと嫌いなわけでもないのだ。

失恋して、たかが失恋ごときって思われるかもしれないけれど、そのたかが失恋如きで絶望していた。わたしは、少し絶望の淵から抜け出した。気がした。このツヤツヤになった髪とともに、わたしとは切っても切れないこの大きな胸とともに、また前を向いて、新しく出会う人、現れる人と、新たな恋愛をする日もそう遠くない気がしてきた。