20歳の夏。
「良かったら音楽フェス行かない?アーティストの○○、久しぶりに来日するらしいよ」
想いを寄せている人、初めて好きになった人に勇気を出してメールを送ってみた。
音楽サークルで知り合った同学年の彼。最初は音楽の趣味が合うことで親近感がわいた。そして少し高めで透き通るような歌声と、目尻が上がった切れ長の目にあっという間に一目惚れした。
返事はOK。うれしくて、家のベッドスプリングが壊れるくらい舞い上がっていた。

実はその時から勝負は決まっていたなんて、幸せで満たされていた私は考えるはずもなかった。

彼の興味は音楽で私にはないのかな、という思いがうっすら影を落とす

音楽フェス当日。大好きな彼が来てくれたことに純粋に感動した。2人きりの時間を楽しめるなんて、夢みたいだ。
音楽の話では盛り上がるものの、私は彼の音楽以外の側面をもっと知りたい。色々聞いてみたが、あまり踏み込まないでほしいと言いたげなそっけなさを感じて、話を広げられなかった。
さらに私に対する問いかけもなし。彼の興味は音楽にあって私にはないのかな、という思いが心にうっすら影を落とす。

いよいよ、お目当てのアーティストがトリに登場。客席は寿司詰め状態になり、彼との距離も肩が触れ合うほどになった。心臓の音が聞こえてしまうのでは、と思うほど近い。
キレイな横顔。私、本当にこの人が好きだなとしみじみ思っていると、エッジの効いたギターが鳴り響き会場は最高に盛り上がった。

演奏が終わり、「すごく良かったねー!初めて生音聞けて興奮したよ」と彼に話したが、うん、そうだねの一言しか返されず、その後が続かない。
何か、何か話さなきゃ。頭の中で必死に言葉を探していると、退場アナウンスと共に人の波がどっと押し寄せてきた。全方向からあまりに強い力で押され、彼の背中が遠くなる。
さっきまであんなに近かったのに。もしあなたと私が恋人だったら手をつないでくれた?一緒に帰ろうって言ってくれたかな?
演奏の余韻が、彼とはぐれたことで覚めていく。私は、どこに流されたどり着くか分からない人の波をひとりでさまよっていた。

いっそのこと振られてしまえば諦められる、と考えた私は…

やっとの思いで人ごみを抜けると、彼は駅改札の壁にもたれかかりながら、ケータイをいじっていた。

「お待たせ。人ごみ抜けるの大変だったよー」
「そうだね、じゃあ解散で」

え、もう終わり?帰りの電車途中まで一緒だよね?

雰囲気から次の機会はなさそうと察知してしまったが、どうしても次につなげたい。
「来月さ、花火大会行かない?近くでやるみたい」
頭で考える前に言葉に出てしまっていた。
彼は困ったようにケータイを覗き込み、「予定確認する、また連絡します」と言ってその場を去った。
次の日の返事は「予定が入っている、ごめんね」だった。

花火大会は重かったか……彼が好きそうな映画が良かったかな?と思い、何度か誘ってみたが答えはNG。
いっそのこと振られてしまえば諦められる、と考えた私は「好きです」とストレートに告白した。恋愛のハウツー記事には「彼に告白を仕向けるために、自分からは絶対に告白しないこと」と書いてあったが、そんなの知るか精神だった。フェスの前はあんなに鵜呑みにしていたのに。

どんなに努力しても、想いを伝えても成就しないことがあると分かった

で、もちろん振られた。やっぱり彼は私に興味があるわけではなかったのだ。

……振られても、諦めきれない。だって彼を好きな気持ちはそう簡単に消えないから。
恋は「落ちる」ものという言葉は言い得て妙で、私は「彼が好き」という真っすぐなエネルギーで掘った深い穴からいっこうに脱出できなかった。

押し過ぎたら一度引いた方が良い。しばらく自分を磨いて思いを告げて、拒まれて、また告げて、拒まれて……。その繰り返しだった。
心に負う傷が無数に付き、深さを増していく。電車の中で痛みにうずくまったり、吐き気を催したこともあった。
ついに、彼はサークル内の先輩と付き合うことに。私は彼から手を引かざるをえなくなった。
恋愛はこちらがどんなに努力しても、想いを伝えても成就しないことがあると、はっきり分かった。
苦しい。あなたのことが好きなだけなのに。

今振り返ると、なんて不器用だったのだろう。
告白してダメだったら他の男を見つければ良いだけだよ、と冷静に分析もできる。
でも、後悔はしていない。
あの時彼を音楽フェスに誘わなければ、うずくまるような胸の痛みも、何の打算もなく人を愛せた経験も得られなかったと思う。全部、20歳の夏の挑戦あってこそだ。ただ一人を必死に愛する恋愛小説に痛いほど共感できるのも、この経験の賜物だ。

何より痛みを知りすぎた私は、次の恋愛は自分が相手を想う気持ちと同じくらい、「自分のことを大切にしてくれる人」と向き合おうと思うようになった。そうして見つけたパートナーと、結婚して夫婦になった。
10年後の今は、心が波立つことない幸せな日々を送っている。

もしタイムマシンで10年前の夏に戻れたとしても、片想いの彼を音楽フェスに誘うことも、告白することも全部止めない。ただ、悲しみの渦中にいる過去の自分に「10年後は穏やかに過ごしているよ」とそっと話しかけてあげたいな。