17歳の夏休み。私はある決意を秘めて、夜道を歩いていた。
うだるような暑さと緊張で、こめかみに汗が伝う。せっかく時間をかけて化粧して、髪もいい感じに巻いたのに全て汗で台無しになっている気がする。着いたら、まずはトイレで直さないと……。
これからの段取りを考えながら、落ち着かせるために携帯に繋いだイヤフォンから爆音で音楽を流す。そう、私はこれから人生で初めて、男の人と2人っきりでデートをする。
17歳の私は、まだ男性とちゃんと付き合った事はなかった
1週間前バイト先の先輩が「けものちゃんて、どんな人がタイプなの?」と唐突に聞いてきた。「私のタイプは、今も昔もオダギリジョー」そう答えると、先輩はちょっと困った顔で、「オダギリジョーみたいな人はいないんだけど、瑛太みたいな人ならいるよ!紹介していい?」と急な展開に内心焦りつつも、「まあ…いいですよ」と平然を装い答えた。瑛太? ……全然ありじゃん……。
当時、私はまだ男性とちゃんと付き合った事はなかった。高校1年生の時は、先生に恋していた。ピュアッピュアなその恋は気持ちを伝える事もなく、毎日恋占いをして終わった。
しかも、他学年の先生であったため名前がはっきり分からず、多分これだと思われる名前で占い続けたところ、実はその名前は歴史のオジサン先生の名前であった事が判明する。ちょっとあんまりすぎない?
その後も、メールでやりとりしていた男子と流れで「付き合う?」という話になり、形式上恋人になった事はあったけど、彼とはグループで1回遊んで終わってしまった。私も彼も、彼氏・彼女の響きに憧れていただけだったんだと思う。
一応、元彼1名という経歴にはなったものの、相変わらず経験値は皆無だ。男友達もいないし、クラスの男子と話すのもちょっと緊張してしまうレベル。
そんな私が、急に男性と2人きりでご飯に行く。しかも相手は先輩である。普段のチキンな私なら断っただろう。しかし、その夏はちょっと違った。
彼と初めて会った時、彼の笑顔で緊張が緩み、安心したのを覚えている
約束の店に到着する前に、トイレでパパッと化粧を直す。顔が引きつっている。脈が速い。立ち止まったらもう行けなくなる気がしたから、勢いをつけて歩き出す。
店の前に彼がいるのが見えた。先輩に事前に写真を見せてもらっていたけど、実物はちょっと違う気がする。瑛太? んー、よく言えば瑛太。まあ芸能人に似た一般人なんて大概こんなもんだろう。瑛太判断については、やたらと冷静な私がいた。
彼はこちらに顔を向けると、「けものちゃん?」と言いながら顔をクシャッとさせて笑った。その笑顔で張り詰めていた気持ちが緩み、この人ならとりあえず話はできそうだ、と安心したのを覚えている。
そこから3時間、私たちはたくさん話をした。ファミレスで、隣は騒がしい家族連れで、雰囲気もなにもない。話した内容も覚えてない。だけど、楽しかった。次回の約束をして、その日は別れた。
あの夏の日、勇気を出して彼に会いに行ったことから始まった「恋」
帰宅して自分の顔を見ると、化粧はハゲて巻き髪もとれていた。ただ笑顔はピカピカで、やり遂げた充足感と新しい可能性に頬が光っていた。彼氏になるかもしれない人と出会えた嬉しさもあるが、何より男の人とちゃんと話せた事が本当に嬉しかった。
体が全体的に大きめだった私は自分に自信がなく、男性は私と一緒にいるのは嫌なんじゃないかと思っていた。だから、縮こまってしまって上手く話もできなかったけど、彼とは初めてリラックスして話す事ができた。
彼とはその後、無事付き合い、3年間濃密に過ごす事となる。私の初めてはなんでも彼で、色んなことを経験させてくれたけど、いつしか互いを思い合うエナジーもなくなり、やり尽くしたなあと思ってしまった時、別れを選んだ。
すべてはあの夏の日、勇気を出して会いに行ったことから始まった。17歳の少女が女性になる過程のきっかけを与えてくれた彼には、今も感謝している。今はもう男性とごはんに行くのに身投げする覚悟はいらないが、時々昔の自分を思い返すとその純真さに胸がキュッとなる。