今回の日曜も、いつもと違う休日だった。まだ慣れない。それは新型コロナウイルスによる影響であり、引っ越して1年も経っていないこの土地への馴染めなさであり、『夫』とふたりで過ごす休日への空虚さだ。
出会って1年、同棲して半年、結婚して3ヶ月。短い付き合いで結婚までの手順と覚悟を段階的にクリアしていった決意の速度に対して、体感はまだ追いついていない。それとも、罪悪感があるのか。
彼の車から見る景色は、どこまでも見慣れず、それは今も変わらない
彼と出会ったのはマッチングアプリだった。転職で引っ越してきた新しい土地で、手っ取り早く友達を作るために登録し、マッチしたのが彼だった。
彼はとても優しく、穏やかな人だ。アプリで知り合い、週末を共に過ごすようになり、やがて毎晩電話するのが当たり前になった。コロナで会えずとも、やりようはいくらでもあった。
地元民である彼の案内で色んな場所へ連れて行ってもらい、仕事の愚痴を延々に聞いてもらい、おすすめのラーメンを食べる。
どこへ出掛けても新しい場所ばかりなのは新鮮で楽しい。彼の車から見る景色は、どこまでも見慣れない。それは、まだ今も変わらない。
見渡す空が本当に広い。私の故郷で空を見上げれば、必ず視界の端に山が写った。
雄大な山脈が私達を囲み、人間は山の裾野でこじんまりと暮らしている。電波は入りにくく、宅配ピザも場合によっては届かなかった。電車はいまでも1時間に1本だ。冬は雪で遅延するので、高校の頃はよく休校になった。生徒が帰れなくなるからだ。
いま住むこの土地では10分おきに電車が来るので、時刻表を確認すらしない。雪は降っても積もらない。1日に何度も、自転車をこぐウーバーイーツとすれ違う。家に侵入したカメムシと戦うこともない。現代人が暮らすのに、とても便利な街だ。
彼とのルールを守るため、正社員からフルパート転職。不安に駆られた
優しい彼、便利な街。私は転職したばかりの職場で激しいパワハラにあい、辞める決意をしたことを、彼に話した。
『俺といっしょに住む?』
彼の口から出た言葉は、本心からだったのか、私が言わせてしまったのか。
同棲の話をきっかけにして、私達は結婚を意識して何度も話し合い、決意を固めた。彼の両親へ挨拶に行ったのは、ふたりの関係が恋人へ変化し、1週間後のことだった。
ふたり暮らしを始める際、『すれ違いを防ぐために、日曜日は休みにして一緒に過ごす』というルールを決めた。週1の休みしかない彼からの提案であり、私も受け入れた。
だが、日曜定休の仕事は倍率が高く、私は勝ち取れなかった。結局、近所のスーパーでフルパートをすることにした。初めて正社員ではない転職だった。
情けない。そう思った。
私の両親は共働きで、母のほうが稼ぎがあり、フレキシブルに働いていた姿を見ていたせいもあるかもしれない。このままで大丈夫なのだろうか、周りの結婚した友人たちはこうで、私の両親たちはこうで……不安に駆られてネガティブになる私に、彼は向き合って言った。
『考えすぎちゃうんだな。人と比べすぎだよ。それに、俺は正社員で働いていて欲しい、なんてひとことも言ってないよ。いまできるところで、やっていこうよ』
本当に、いいの?
心の底から思った。
正社員じゃなく、パートで。
誰の目を気にしてネガティブに?やっと気づいた、独りよがりな考え
すこし疲れた顔で諭すように言う彼の表情で、私は自分が独りよがりになっていることにやっと気がついた。
正社員ではないことを除けば、いまのパート先は充分に希望条件を満たしている。それでも正社員で働くべき、という考えから抜け出せずにいる私が気にしていたのは、なによりもパートという肩書きだった。
仕事に貴賎はない。自分の生活に合った働き方を選ぶだけだ。それに、コロナ禍で職が見つかったことにまず安心すべきではないか? いったい、なにと比べて自分を卑下しているのだろう。私の就く仕事によって、生活に1番影響を受ける彼が『良い』と言っているのに、いったい、誰の目を気にしてネガティブになっている?
『わかった。いまのパート先で、がんばってみる』
もう、充分考えた、と受け入れることができた。
もう、私ひとりの人生ではなくなったから。
夫とふたりきりで過ごす日曜は、湯気のように温かで、体を潤す、穏やかな時間だ。
白昼夢を見ているのか。いつか、目が醒めてしまうのではないか。新しい不安が、私の胸に巣食っている。
転職、交際、同棲、また転職、そして結婚。我ながら激動の1年だった。コロナで私はなかなか実家に帰れず、まだ親同士の顔合わせも済んでいない。