高校3年生の夏休み前日。
ドラマやマンガで見たことがあるような、靴箱を開けたら手紙が入ってるっていうドキドキを経験した。みんな携帯電話を持っているから、わざわざ手紙を渡すなんて滅多にない。
「ラブレター? まさかね」
暑さか冷や汗か、どちらともなく汗が背中を流れてゆく。少し緊張しながら開くと(ノートの切れ端だ)、残念ながらラブレターではなく、当時付き合っていた彼からの「お別れ」の手紙だった。
同じ大学を目指そう、そう提案したのは彼だったのに…
同じ高校の同級生の彼は、穏やかで落ち着いた目立たない存在だった。
感情的になりがちな私とは対照的に、常に落ち着いていて大人びた彼はとても魅力的だったし、誰にでも優しい性格に自然と惹かれていたんだと思う。一緒にいるだけでリラックスできて、話をするだけで幸せになれた。
「一緒に、K大学目指そうよ」
受験勉強が本格化する高校3年生の春、そう提案したのは彼だった。彼はその大学で建築について学びたいと言った。
私はというと、特に夢や目標があるわけでなく、ただ単純に誘われたのが嬉しかったので、彼と同じ大学を第一志望として掲げることにした。私の学力からすると、K大学合格はかなり厳しかったが。
もちろん、私も彼も携帯電話を持っているから、普段はメールでやりとりしていた。
二人の関係なんて、メールを送れば光の速さで終わってしまう。わざわざ手紙を書いたのは、彼の意志の強さやけじめが表れた結果なんだと思う。
「お互い受験に集中するために、いったん別れよう」
だいたい、そんな内容だ。一瞬目の前が真っ白になるほどのショックと、その後に悲しみと怒りが一緒くたになって、身体中がカッカした。
「受験に恋人(私)の存在は邪魔なんだ」
同時に、頭の中でカチリとスイッチが入る音がした。それは彼に対して「好き」という気持ちから、「絶対に見返してやる」という気持ちに移った瞬間だった(受験のやる気スイッチとも言える)。
卒業式に話し掛けてきた彼。私の気持ちは歪んでしまっていた
彼なりに思い悩んで、目標の達成のために最善を考えた結果なんだろう。まだ17歳だった私には、就職とか彼との結婚とか、宇宙のように遠く、想像もつかなかった。
でも、できるだけ彼と長く一緒にいたいと願っていたし、そのために大学受験も共に乗り越えるものだと思い込んでいたのだ。
「誰よりも勉強して希望の大学に行って、彼を見返してやる。そして新しい大学でもっと素敵な人と出会って、別れたことを後悔させてやる」
一人で勉強に没頭した。友だちからの遊びの誘いも、見たいテレビも全部断ち切って、1日の勉強時間は10時間を越えた。
思いは強力なバネとなり、私を本当に「K大学合格」へ導いた。
「K大学合格したんだってね。おめでとう」
高校の卒業式の日、彼から話し掛けてきた。一体誰から大学合格のことを聞いたのか。「お別れ」の手紙以来、一切私のことを無視したくせに。
以前と変わらない穏やかな口調は、あの頃と同じ安心感を与えてくれた。しかし、無邪気に彼のことを信じ、好きだと思うことはもうできなかった。
何もなかったかのように話し掛けてくる彼は、受験が終わったから元の二人の関係に戻れると思っているんだろうか。私の気持ちは、あなたを見返したいと思うほど歪んでしまったのに。
しばらく近況を話した後、「K大学落ちちゃってさ」と、あっさりと彼は言った。
本当は悔しかったのかもしれないが、それは大人びた振る舞いの中にしっかり隠されていた。彼はK大学ではなく、名前も知らない県外の大学へ進学することが決まっていた。一緒にK大学に進学するという約束は、実現することはなかった。
「こんなことになるんだったら、せめて高校生の間は一緒にいたかった」
捨て台詞を吐いて彼とは別れた。彼はまだ、私のことを好きでいてくれたかもしれない。
でも、辛く孤独な受験期に彼が不在だったことは、もう埋められない深い傷となってしまった。
頑張って勉強してよかった。それは彼のおかげ
その傷の代償として、私は彼が行きたかった大学に入学することができた。入学後は授業やバイトや新しい友だちと遊ぶのに忙しく、彼のことを思い出すことはほとんどなくなった。
たくさんの男友達も新しくできた。ボーリングしたりオール(オールナイト)でカラオケしたりたこパ(たこ焼きパーティー)したり。
受験勉強していた頃には想像できなかったくらい、はしゃいだ毎日。大学って素晴らしい。頑張って受験勉強してよかったなあと思う。
そして、そこまで頑張れたのは間違いなく彼のおかげだ。大学生になった姿を彼に見てほしかった。彼がいなくとも、キラキラと輝いて幸せな姿を。
あの時の努力は今の私の自信に繋がっている。いつかきっと、彼よりカッコよくて素敵な人と出会い、手を繋いでキスをして深い関係になるだろう。
あなたを越える人には、まだ出会えてないけどね。