今思えば、出会った頃から好きだったのだろう。
当時の私には彼氏がおり、その彼のことが大好きだったのであまり気にしていなかったが、入社直後で何もわからない私にいろいろ教えてくれた先輩は、とても頼りになったし、多趣味な人だったため、いろんな話をしてくれるのも楽しかった。
仕事はあまり好きじゃなかったけれど、先輩に会う時間は好きで、大切だった。
自然と体の関係を持った先輩に「付き合うつもりは?」と尋ねた
私が大学を卒業してIT系の会社に入社したのは、今から四年程前のことだ。配属された部署には一年先に入社した先輩がいた。
先輩は、文系出身でITなどさっぱりわからない私の面倒をよくみてくれた。帰りに一緒に夕飯を食べたり、くだらないことで笑いあったりもした。慣れない環境の中、優しくて面白くて頼りになる先輩の存在は私の中で特別なものになっていった。入社して一年程経った頃、先輩に彼女ができたと聞いて少し悲しかったのを覚えている。
程なくして私は彼氏と別れ、先輩も彼女と別れた。今から二年程前、桜が咲き始める頃だった。お互いフリーになって暇だったからかプライベートで会う時間が増え、一緒に有名なパンケーキを食べに行ったり、目黒川の桜を見に行ったりした。長期出張で地方に滞在する先輩を訪ね、二人でドライブしたこともあった。そんなことをしているうち、自然と体の関係を持った。
関係を持つようになってから一ヶ月も経たないうちに、私は彼に「付き合うつもりはあるんですか?」と尋ねた。
彼は少し逡巡してから、付き合いましょう、と言ったけれど、それから三日後、その言葉は取り消された。
理由は、「自分に自信がないから」。
本当は別の理由があるけれど、はぐらかしているんだろうな、と感じた。
だんだん「付き合っていなくても楽しいから…」と思うように…
それから約二年間、離れたりくっついたりを繰り返した。
一緒にいるときは楽しいが、「付き合ってはいない」ということが常に私を不安にさせた。
私は先輩にとってどういう存在なのか?
私にとって先輩は特別な人だけれど、彼も同じように思っているのか?
違うのか?
そんな思いが重なると、彼のちょっとした発言で勝手に傷ついてしまうことも増えた。不安や傷がつもりにつもるとそれらが爆発し、「付き合ってくれないならもう離れたい」と彼に告げるのだった。
そして、爆発が収まりだんだん寂しくなってくるとなんとなく関係が戻り、ということを何度も繰り返した。
離れるとき、毎回彼は付き合わない理由をはっきり言わないためもやもやしたが、くっついているときは、穏やかに仲良く過ごしていた。映画を見たり、彼が好きな家系ラーメンを食べに行ったり、近くの競馬場まで散歩してみたり。正直、普通のカップルと何も変わらないのではと感じていた。
だから、言葉がないだけで「付き合っている」と同じなのでは?と捉えることもあった。
お互いの誕生日やクリスマスは一緒に過ごしたし、二人で旅行に出掛けることもあったので、その度に私は「なんだかんだ特別に思ってくれているのかな」と勝手に期待した。
私はだんだん、付き合っていなくても楽しいからこれでいいかな、これだけ一緒にいれば彼からそのうち付き合おうって言い出すかもしれないし、と、自分なりに前向きに捉えるようになり、何とか関係を継続しようとした。
でも、やはり、不安も傷も知らず知らずつもっていたようだ。どうしても無理があったのだろう。
「今が楽しい」言い聞かせてきただけで、本当は楽しくなどなかった
つい最近、おそらくこの二年の中で四度目の爆発が起きた。なんでもない、ちょっとしたことで。
なんだかんだ言いつつ結局不安だった私は、その日も彼の何気ない一言で傷つき、表面張力ギリギリで耐えていたコップの水がたった一滴の水で溢れだすように、限界を超えて全てが無理になった。私は夜中に大泣きしながら少し不穏なラインを彼に送った。
すると彼は心配して電話をかけてくれたのだが、私は大泣きしたまま、「ちゃんと付き合って欲しい」「無理なら距離を置きたい」と言った。
彼も疲れてしまったのか、あまりにも私がかわいそうだと感じたのか、初めて付き合えない理由を話し始めた。
付き合いたい気持ちが全くなかったわけでもなく、罪悪感を抱えながら悩んでいたとも。そして、もう会うのをやめようと、彼は言った。
私は先輩に裏切られたとは思っていない。私は私に裏切られたのだ。
曖昧な関係でも今が楽しければいい、やっていけると私は思ったが、それは嘘だった。「今が楽しい」と自分に言い聞かせていただけで、本当は楽しくなどなかったのだ。
新しい恋愛をするのが面倒だとか他の人に好かれる自信がないとか、そういう本音を「好きだからこれでいい」というもっともらしい理由でごまかしていただけだ。先輩のことは大好きだったけれど、不安を感じさせない人といる方が楽しいし幸せだろうと、心のどこかでわかっていたのに。
好きなだけではうまくいかない、と気づいていたのに。
私は私に嘘をついていた。
今でも正直、付き合えなくても一緒にいたい、という気持ちがある。かなりある。つもってしまった気持ちは簡単には変えられない。
でももう私は私を裏切りたくない。嘘もつきたくない。
裏切ることなく、自分に正直でいながら、私は私を幸せにしたい。