恋が始まる時は、「プレイボール」と叫んで欲しい。
そして終わる時は「ゲームセット」の声で終われば良い。そうすれば前進できる。何の未練もなく。

「元カレもいんのかよ」素直に予定を答えると、先輩は苦笑いした

「この三連休はどっか行くの?」と職場の先輩に尋ねられた。
「親友2人と元カレたちで一緒にパフェ食べに行きます」
そう答えると、いつも気怠げな先輩の目がむき出しになっていた。
「元カレもいんのかよ」
苦笑していた。まぁ、そう思われても仕方ないけど。今更になって私は元カレの話を先輩にしてしまった事を後悔した。

元カレとは遠距離恋愛だった。去年、大学を卒業したのをきっかけに東京に引っ越したのだった。地元で就職した私は健気に彼を待っていた。

だけど、彼はよりによって私の友人と東京で浮気していたのだ。それが分かってからはすぐに私から別れを切り出した。

「別れても別れなくても、俺はどっちでもいい。」
彼にそう言われ、すぐに別れる事を決めた。
こんな酷い男だったとは。こんな軽薄な男に私は恋していた。情けなくて辛かった。

これぽっちも思った事はなかった未練。先輩の質問がグサッと刺さった

「未練あるの?」と先輩が聞いてきたので、あるわけないじゃないですかと突っ込んだ。
「浮気されたんですよ?これっぽっちも未練はありません!」
「じゃあ友達ってわけか」
「そうです、『おともだち』です」
ふーんと言う先輩の目は本当か?と訴えているようだった。

「……んで、彼氏見つける宣言はどうなったん?」
「うーん、それがいなくて……なかなか見つからないんですよ」
「そうだろうな」
何気ない一言がサクッと心に突き刺さる。
「そうだろうなって何なんですか」と怒り気味に聞いた。
「だって延長戦だから」
延長戦……?

「どんな大人数でも、元カノいてたら遊びにいくかなぁ?どっちでもいいとか軽率な言い方しときながら、未練があるんだろ」
元カレに未練があるなんて、これっぽっちも思った事はなかった。今回のパフェにしても大勢の友人と遊びに行くのだから。

違う、「思わないようにしていた」が正しいのかもしれない。心のどこか奥の方では小さく「?」が浮かんでいた…どうして?って。そんな事に気にする私が女々しくて嫌だった。このパフェが綺麗に洗い流して友人として再出発できる証だと思ってる。

先輩が言った「延長線にケリ付けてこい」に呪いを解いてもらった

「未練があるのは元カレに限った事じゃないんだよな。事実、新しい彼氏ができないのは元カレを比較対象にしてるからだろ」
比較対象になんかしてないと言おうとしたが、言えなかった。

元カレと別れた後、社内の男の人とデートに行ったり、ご飯を食べに行った。
恋は始まらなかった。理由は物足りなかっただけ。ただそれだけ。

思えばこの物足りない気持ちは一体どこから来ているのだろう?この気持ちを辿っていけば元カレに辿り着くのだろうか。

そうだとするなら私も延長戦に入っているのか。だから始まらないのだろうか。
……私はなんて情けない。あんな軽薄な男なのに、未だに淡い想いを抱いている。恋というよりも呪いに近かった。楽しみだったパフェが、一気に憂鬱なイベントのように感じてくる。

「行かない方がいいですかね……前に進むには」
彼にそう聞いていた。あなたの意見は正論でしたと敗北宣言をするような惨めな気持ちになりながら。

「行けばいいじゃん。実際行きたいんだろう?」
意外な回答で驚いた。
「気持ちに蓋せずに、元カレと存分に向き合えばいい。そんで延長戦にケリ付けてこい」
前向きで力強い言葉だった。
まるで私の呪いを少しだけ解いてくれたような気分になった。

当日、私は友人2人と元カレたちと存分に遊んだ。そしてもう元カレには会わないと決めた。
楽しかったし、最後だと思うと名残惜しかった。でもこれでいい。前に進もう。

ゲームセット、と心で唱えた。
そして先輩のことを思い出したのだった。