「気が利くね」とよく言われる。
運動部のマネージャーをしていた時も、居酒屋でホールバイトをしていた時も、それは真っ直ぐな褒め言葉として与えられ、誇らしさを感じていた。「女の子は気が利かなくちゃ!」と言う親戚のおばちゃんたちにも、そうだよねと思うだけだった。

気が利くというのは察しが良いということで、それは相手をよく見ているということで、相手の気持ちを想像する力があるということで。
空いたグラスを持ってメニューをぱらぱら行き来しているお客さんには「ドリンクは最後のページですよ、何かご注文なさいますか?」と話しかける。なんなら卓の様子を見て「空いてるお皿も下げちゃいますね。その日本酒、お刺身と合うって料理長のおすすめなんですよ」なんて言えば、追加オーダーも貰ったりして。
こういう小賢しい先回りができるタイプは、場面によってはかなり活躍すると思う。
唯一、恋愛だけを除いては。

私は彼の「消耗品」ではなく、「生活必需品」と信じ、彼中心の生活

初めての彼氏と過ごした2年は、感情の荒波に溺れながら過ごした。
私の生活は彼氏中心だった一方、彼は熱心にスポーツをやっていて毎日何かとトレーニングを入れ、満足に相手をしてくれなかった。外デートは片手で足りるほどしかしておらず、たまに暇な時に私の家へ泊まりに来るだけ。
「こんなのただのセフレじゃん」と思いながら、彼を察してご機嫌を取るのをやめられなかった。疲れている様子の彼にマッサージをしてあげれば、「こんな素敵な彼女、滅多にいないよ」とすごく褒めてくれた。
会えない時間ばかりで苦しいが、練習の合間にふらりと立ち寄ってくれるんじゃないかと、彼が好きなプロテインと、それに一番合う牛乳をいつもストックしていた。
あれ、おかしいな。「消耗品」と書いて「わたし」と読むんだったっけ?
……でもそれって、「生活必需品」とも言うじゃん?

あまりにもつらくて、何度も別れ話を妄想した。
「別れよう」と私が言うと、彼は「わかった。今までありがとう。幸せになってね」と言う。ただそれだけの会話をイメージするのさえ呼吸が止まりかけた。
しかし面白いことに、その理由はというと、「大好きな彼女に別れ話を切り出された彼」に感情移入してしまうからなのだ。

私に振られる苦しみを妄想し泣いていた私は、彼にあっさりと振られる

私はどこか傲慢なところもあって、私が彼を好きなのと同じくらい、彼は私を大好きだと信じて疑わなかった。こんなに尽くしてくれる恋人を失うなんて甚大な損失だと、自分の「素敵な彼女」具合に変な自信があった。
だから、私が彼を振る妄想なのに、私は振られた側の苦しみを想像して泣いた。そして、「こんな苦しい思いをさせるくらいなら、私が我慢した方がいい」とまた勝手に想いを深める。
自分の感情の相手をする方が、無限に推し量った他人の感情より容易いものだ。

その後、他に好きな人がいるからと私は振られてしまった。ぽっと出の年下の女がいいんだってさ、聞いて呆れる。
別れ話をしていたら「最後に君の生姜焼きが食べたい」と言われ、私は泣きながら生姜焼きを作った。彼が喜ぶかなと思って買ってあった、ちょっといい豚肉で。まったく、最後の最後までナメられたものである。
それでも私は「彼はこの先、生姜焼きを食べる度に、思い出して切なくなったりするのかな」と思って、可哀想だとまた泣いていたのだ。

失恋でむちゃくちゃに消耗した私は、もうこういうの辞めようと決めた。復縁のために綺麗になるんだ!と顔にパックをしていたとき、なぜだか急に我に返った。
私が大切にするべきはいつだって私の機嫌。男がじゃなく、誰よりも私が毎秒最高でいられるようになるんだと。金輪際どうでもいいだろ他人のことは、私の人生なんだぞこれは。

彼のために選んだものを全て、自分の思い通りに大好きなものに変えた

手始めにカーテンを変えた。彼はグリーンを選んだけど、私はオレンジが好きなのだ。日差しがいつもより柔らかく差し込んで涙が出た。
ブルブル振動するマッサージ機を買った。ふくらはぎに当てるとそれはもう気持ち良くて、同じ値段で買ったデート用のスカートよりずっと役に立った。
私は牛乳は一番安いのでいい。奮発するなら豚肉より鶏肉の方が好きだ。今日は親子丼だ。
そうだ、私ってアニメが好きなんだった。懐かしいあの作品のブルーレイ揃えちゃおう。原作の漫画も探してみよう。
パーマとか当ててみようかな。ずっと言えなかったけど、実はかきあげ前髪に憧れてたんだった。
全部全部、私の思い通りに。時間はかかったが、大好きなもので部屋中を埋めた。
泣き腫らす夜はいつの間にかなくなった。

今なら分かるが、本当に察して欲しかったのは私だったのだと思う。
もっと私を見てよ、よく見て、先回りして、喜ばせて、愛してよ。私が尽くせば同じように尽くしてもらえると、期待していたのかもしれない。
そう思うと、私ったらさぞ重い女だったことだろう。2年もの間大変だったよねと同情はする。その点は、頑張ってくれてありがとう。
あなたへ、最後にひとこと失礼します。
大嫌いです、今後一生、不幸のどん底を這い回ってください。