大学1年生。冬というにはまだ少し早くて、でも秋というには少し寒すぎた、そんな時期。「俺、処女は抱けないわ」なんて、予想だにしなかった台詞で、好きな人に振られた。
私はいつか幸せな恋と巡り会えると信じて「処女」を大切にしていた
自分から誘ったデート。行きたかったお店が混んでいて、仕方なくといった感じでたまたま見つけたお店で、偶然通された個室。コートを着ていた私に、「まだ早くない?」なんて言った彼は、私と比べて薄着だった。
じゃあいつからコートを着るのか、どれくらい寒くなったらマフラーと手袋をするのか、クリスマスになったらするのかも、なんて楽しく話していた。幸せな時間のはずだった。
どういう流れで、処女かどうか、なんて話になったのかは覚えていない。覚えているのは、経験人数を聞かれて、「誰ともしたことない」と答えたら、告白をしてもいないのに振られたということだけだった。
その当時の私は、処女であることを、大切に思っていた。周りに、経験済みの友達が増えていくたび、彼氏もいない自分に焦る気持ちはあったものの、「初めては、好きな人とするときのためにとっておきたい」なんて思って、守ってきた。そうしたら、いつかきっと幸せな恋と巡り会えると信じて疑わなかったからだ。
ところが、そんな私の密かな願いは、あの日、あの夜、一瞬にしてぶち壊された。私が今まで大切に守ってきたものは、無駄だったのだ。
彼の声を聞いたとき、私は彼の言葉を、上手く理解できていなかった。だから、怒ることも、悲しむこともできなかった。ただ、「あ、そうなんだ」と適当に笑うことしかできなかった。
私は「処女だから、私なんかじゃだめだよね」と考え、恋を遠ざけた
彼の言葉は、時間が経てば経つほど、私の心を押しつぶした。言われた時は、傷ついた、なんて思わなかったのに、気づいたら、私の心を傷つけて、血まみれにしていた。重い荷物を持ったあとの、赤くなった手のように、その時は痛いと感じなくても、時間が経つと思わぬところから血がじわじわと溢れてきて、傷ついているんだと知らせてきた。
それ以来、私は「でも処女だから、私なんかじゃだめだよね」なんて考えて、恋を遠ざけていた。処女は、恋をしたらいけないのかもしれない、なんて思えてきたりもして。誰かを好きになる、その前に私は高い高い壁を作った。私が処女だから、私の恋は絶対に上手くいかないって言い聞かせて。
次第に、じゃあ処女なんて捨てちゃえばいいんだ、という考えになった。大学2年生。夜でも汗ばむ、真夏。初めてクラブに足を踏み入れた。処女なんて、なんのステータスにもならない。早く捨てたい。
処女は、“あげる”とか“捧げる”とかそんな表現がよく使われる、大袈裟に言えば神聖なものであったけど、私にとっては粗大ゴミのようなものだった。振られてからずっと、私は粗大ゴミを背負っていたのだ。
粗大ゴミのようだった処女を捨て、解放感と虚無感が私の心に残った
声をかけてきた男が、どんな顔で、どんな声だったか、私は覚えていない。私にとっては、処女を捨てることだけが大切で、相手が誰でもどうでもよかったからだ。飲み慣れないキツいお酒を飲んで、気づいたらホテルにいた。記憶があやふやになるほど酔っていたのに、痛かったことは覚えている。けれど、背負っている粗大ゴミを始末できるなら、どんな痛みにも耐えられる気さえした。
私はやっと、粗大ゴミを始末できた。あの日以来、私の心をじわじわと押し潰して、血を滲ませていた粗大ゴミを、私は手放せたのだ。解放感があった。ただ、同じくらい虚無感もあった。
これで私は、恋ができるのだろうか。っていうか、そもそも恋ってなんなんだろう。なんて考え始めたら、迷子になってしまった。
恋が始まらない理由は、恋の始め方が、わからないからだ。