メイクをするのが好きだ。
個性的なメイクをしている訳ではないけれど、肌を明るくして、ニキビを消して、目をくっきり目立たせて、唇に紅をさす。
そんな朝のルーティンが私に自信を与えてくれる。

メイクをした顔が本当の私。素顔にはどんどん自信がなくなっていった

雑誌の見様見真似でメイクを始めた中学高校時代、部活のある日はメイクが禁止だったけれど、週末にはしっかりメイクをして友達と遊びに行ったり、祖母と宝塚を観に行ったりした。隣の席のおばさまにかわいいお孫さんですね、宝塚に入れそう、なんて言われるのが嬉しかった。

そんな頃から、メイクをしている私は素顔よりもかわいいと自分にインプットされていった。

大学生になればもちろん毎日ばっちりメイクをして通学した。
寝坊した日も含めて、大学へすっぴんで行ったことは一度もない。
いよいよ「メイクをしている顔」が家族以外と顔を合わせる時の標準になった。

社会人になってお金ができると、使っていたドラコスを片っ端からデパコスに変えていった。
良いものを使っているという事実が、より一層自信を与えてくれた。

一旦メイクをするのが当たり前になると、朝起きた時に鏡で見る顔はなんだか薄いなぁと落胆を覚える。
10年以上メイクの試行錯誤を続けている分、メイクをしている自分の顔はある程度好きで、年齢を重ねるにつれて、素顔にはどんどん自信がなくなっていった。
家族以外に素顔を見せることなんてほとんどないし、メイクをした顔が本当の私、くらいに思っていた。

すっぴんの方がずっとかわいいのに。友人の言葉に、私は言葉を失った

今から2年くらい前、入籍を3週間後に控えた頃、中高の同級生2人と、独身最後の旅行に行った。

部活の同期だった彼女たちとは中高6年の大部分を一緒に過ごしていて、小学校上がりたてのひよっこのような時期から知っているので素顔で過ごした時間も長いし、夜、何の気もなくメイクを落としていた。

すると後ろから、
「いちごちゃんのすっぴん、久しぶりに見た~」
と声がした。

そして、
「私、いちごちゃんのメイク、好きじゃない!すっぴんの方がずっとかわいいのに」
そう続いた。

「え……」
十数年年かけて模索してきた自分のメイクを否定されたショックに、一瞬言葉を失った。
しかしそれよりも、すっぴんの方がかわいいと言ってもらった嬉しさの方が大きかった。

素顔の私も、メイクをした私も両方知って、その上で素顔の私の方がかわいいと言ってくれる人がいる。
すごく自信になった。

メイクは好きだけど、依存しすぎない。その距離感を大切にしたい

大学以降に出会った友人たちは、基本的に私のメイクをした顔を私として認識している。
入籍を控えていた夫も然りだ。

もちろん素顔を見せたことも何度もあるけれど、結婚して、一緒に住んで、毎日素顔を見られたら、お互いときめきなんてなくなっちゃうんじゃないか。
そんな不安を小さく抱えていた時期だったからこそ、友人の何気ない一言が私の中には大きく響いた。

そしてその言葉を胸に、今も自信を持って、メイクをしている時も、素顔の時も変わらずに夫婦の日常を送れている。

メイクが好きだ。それは変わらない。
しかし、メイクに依存しすぎることはないと彼女が教えてくれた。
だから、その距離感は大切にしたい。

好きだけど、依存しすぎない、なんて理想の夫婦の関係性みたいだな、と思いながら。
これからどんどん歳を重ねていくけれど、生まれ持った自分の素顔をちゃんとずっと好きでいられる大人でありたい。