私は普段、弱い人間だと思う。
体も、心も、強くなんかなくて、すぐに体調を崩すし、すぐに泣きごとを言う。
自信もないし、言いたくないけどついつい「私なんて」って言ってしまう、ネガティブになるのが上手な人間だ。

オーケストラのコンセプトはそれぞれの「強い女」を表現すること

先日、L'orchestre de femme fatale、通称強い女オーケストラ、の本番があった。
きらびやかな衣装や髪型、そしてメイクを施し、指揮者も奏者も全員女性で、女性がテーマとなるクラシック曲を演奏する、というものだ。
それぞれが思う「強い女」を、見た目でも演奏でも最大限体現する、それがこのオーケストラのコンセプトだった。

私は『カルメン組曲』で、トランペットのトップを任された。曲のフィナーレで、この演奏会の中でも一番ド派手なソロを吹くことになった。
劇中、カルメンは、多くの男性を魅了し、自身に満ち溢れた女性として描かれている。普段の私とは正反対だ。

でも、4月3日本番当日の私もまた、普段の体も心も弱い私とは違った。
ゴールドとブラウンのアイシャドウをこれでもかと濃く乗せて、ドレスと同じ真っ赤なリップを差して、いつもはしたことのない付けまつげを頑張ってつけた。
その日の私は、最強に美しくて、最強にかわいかった。

誰もが注目する妖艶で強かな女性。役に入れたのはメイクのおかげ

よし。今日の私はカルメン・シータ。700人の観客の心を掴んで離さない魅力を持った、妖艶で強かな女性。メイクのおかげで、私は完全に役に入った。

ステージに上がる。まぶしい照明、満員の客席、いまだかつてないほど華やかな舞台上。曲が進んでいく。美しく、可憐に、艶やかに。
私のソロが来る。曲は最高潮に達しつつあった。熱狂的に、踊るように。
軽やかに、かつ強気に、私は吹き始めた。
今までの人生で一番かわいくて一番素敵な私が、一番美しい音を聞いてもらえている。
女として生きることの喜びをかみしめながら、吹き進めた。

ソロのクライマックス。フォルティッシモの高音がバァァァァァンと会場に鳴り響く。
ここにいる誰もが私を見ていた。
普段だったら怖くてしょうがない状況だったろうけれど、その時は快感そのものだった。
私を見てもらって、私の音を聞いてもらって、私はこんなに楽しんでいて。
自然と笑みがこぼれた。大成功だった。

メイクに助けられながら最強になれた経験は、私を少し変えた

私は普段、弱い人間だと思っていた。
でも、メイクに助けられながら最強になれたこの日の経験は、私をちょっとだけ変えた。
今日は学校で大変なことがありそう、弱気になっちゃいそうだな、そんな日は、あの日のメイクをもう一度施すようにしている。そうすると、不思議とどこからか自信があふれてきて、心を強く保つことができる。

私はあの日を境に、私の心の強さをメイクでコントロールできるようになったのかもしれない。それってすごいことだと思う。カルメンを吹いたあの日のメイクをすることで、魔法みたいに強い私に変身する。

今日もゴールドとブラウンのアイシャドウ、真っ赤なリップ、付けまつげを纏った。化粧濃い、と言われるかもしれないけれど、誰かさんのそんな意見はどうでもいい。これは私がなりたい私になるための魔法なんだから。