今、割と精神が安定している私には、「裏切り」という言葉は、よほどの出来事か、怒りがちょうどマックスである時のみに使う、強い言葉に感じた。

故に、裏切られた!とか、裏切ってしまったかも……と当時は思ったとしても、感情が時間の波で浸食を受けたせいで、大概が今は痛まない古傷としてしか残っていない。
だから裏切り、裏切られの経験は無いなと思っていた中、かなりビッグな裏切りをしでかしてくれた私の元同級生のことを思い出した。

祭りの当日、大切な役どころの「花形」の彼が来なかった…

私は家から近くの公立の小学校に通っていた。分かる人、ピンとこない人、いると思うが、公立の学校ならではの多種多様な生徒達の集まりであった。
同じ学年に、やんちゃな子も少しいた。私の地元にはお祭りがあって、毎年5年生だけが参加する。先生は、その祭りで大切な役に、しっかり者と一緒にやんちゃな子も混ぜた。それも花形に任命した。

やりたい人もいたであろうに、なぜオーディションもなく先生が決めるんだ、とか贔屓だとか言う人はいなかった。関係の無い部署にいた私は、みんなえらいなぁと思っていた。練習はスムーズに進んだ。上出来!良い思い出になりそう。

楽しみに迎えた当日。なんと、やんちゃな子が来なかった。
最初は寝坊かと思った、今まで一度もなかったけれど。でも来ない。先生が連絡しても、電話に出ない。熱とかかな。当時活発だった私は、「ねぇ、なんで来ないと思う?病気?まさかすっぽかしたの?ねぇどう思う?」と仲の良い友人数人の肩を揺らしながら聞いたのを覚えている。友達はみんな困った顔をしながら、ただ「んー」としか言わなかった。

必要不可欠な役だったので、代役を立てて、友人が演技をすることに

とうとう時間が迫り、待っていられなくなった。必要不可欠な役であったから、先生は突然代理を立てた。代理をお願いされたのは私の友人だったが、そいつはなかなか口達者なヤツで、そんなこと言うかと思うことも、涼しい顔をして言うような性格だった。私はそのに友人に対しても、「ねぇなんで来ないの?あんた急に言われて出来るの?大丈夫なの?」とまぁ腕がもげるほど揺さぶって聞いた。そいつは、「知らねぇよ……。俺だって困ってんだよ」と眉をひそめてモゴモゴ言った。

演技の途中で、私はすっぽかした彼を見つけた。彼は、他校の友人を連れて見物に来ていた。もちろん途中で交代など出来ない。代打はなんとかやりきった。少々目をつぶりたくなる出来だったが、拍手はしっかり大きいのをもらえた。その日は誰も、あの子を見たとは言わなかった。私は、ただ疲れているからだと思った。

祭りの次の日からは、またいつもの穏やかな毎日に戻った

翌日学校に行くと、昨日までの騒がしさが嘘であったかのように、静かな生活に戻っていた。私は代打が怒っていると思ったし、代打にお礼くらい言った方がいいと思っていた。
しかし同時に、みんなも彼にぎこちない接し方をするのではないかと、少し心配していた。
ところが、誰も何も言わなかった。みんな今まで通り、彼に接した。先生に、何か言われたわけではないし、彼のことが怖いからでもない。
家に帰って親に言うと、当たり前だと言われた。でもそうだろか。私たちは、普段は言いたいことを言い合い、くだらないことでよく喧嘩する小学生だった。比べるわけではないけれど、中学に入ると一つ一つにオーディションがあり、確かに端から見ても素行の悪い子が、それを理由に落とされてもなお、自分の方がうまいじゃないかと先生に食ってかかり、多数の友人達を巻き込んで、代わりに選ばれた子が下手だの何だのと言っていた。

祭りの当日。子どもだったのは、私だったのかも知れない

成人式の前日に、私は幹事として同窓会を企画した。
結構集まりが良く、それだけでも嬉しかったのだが、私がよく喧嘩していた人たちに限って、準備してくれてありがとうと言ってくれた。みんな大人になったなと半ば上からともいえることを思い、そのときは感慨に浸ったが、今こうして考えると、子どもだったのは実は私だったのかもしれない。みんな何も考えていないようなふりをして、一丁前に気を使える大人だったのだ。

近所とはいえ、小学校を卒業してからはほとんど会うことはない。けれど、心のどこかで繋がっていると思えた。
みんなありがとう。次に会うときには、また一つ大人な私でありたい。