泣くと思って、アイラインとマスカラはしなかった。最後の最後で綺麗な私の記憶でいたかったから。

メイクは恋人からすれば、毎回変わっているものではないかもしれない。私にとってメイクは服装に合わせたり、極論どう思われたいかで変えていたりする。

3年付き合っても結婚の話が進まなくて、自分から彼に別れを告げた

3年付き合った彼氏に、別れを自分から告げた。結婚に対して話が進まなかったことが大きな原因である。ありきたりな別れの原因だなと思う。結婚適齢期の女にとって、3年は貴重な時間であることは共感してもらえるだろう。

翌日は運悪く在宅勤務日ではなく、洗顔も億劫、メイクなんて到底する気はなれないけど、会社にすっぴん・眉なしで行く勇気もないから簡単にする。朝食をとりながら、何が原因でこんなことになったのか、涙が流れた。

今日くらい全世界の人から優しくしてもらいたい、出社できたから特別賞与が欲しいなんて思っても、周りに悟られないように普段通り振る舞う。強くなったのか、弱みを見せられない弱い人間になったか、大人は複雑だ。

泣き腫れた目にはコンタクトは入らず、眼鏡を着用。いつも使う乱視用のコンタクトは通常コンタクトより少し大きく作られているため、装着すると目が少し開くのが好きだ。

将来も一緒にいたいとは思いつつも、本当は「自信」なんてなかった

ランチ後の化粧室で見つめた自分の顔が悲しそうに見えた。こういう時は濃い色のリップを塗り、強くあろうとする。マスクで見えないが。マスクの下が見えないように、相手の気持ちも見えていなかったのかも……っと何でもこじつけてしまう。

一緒にいて楽しかったし、自然体でいられた気がしていたのに、実際はよく思われたくて着飾っていたと気づく。大事な話からお互いが逃げ続け、手遅れのところまでいってしまった。

本当はいつも言いたいことはあったのに、「何でもないよ」とはぐらかす自分の悪い癖だ。将来も一緒にいたいとは思いつつも、自信なんてなかった。嫌われるのが怖くて、相手の愛情表現をもらって安心してばかりだった。

忙しい彼に尽くしてあげている自分に酔っていただけだったことに気づいた。まだ終わっていないと気づく。彼は終わっているかもしれないけど、自分の心の整理はついていないと思い立つ。

結果こてんぱんに振られようが、都合がいいと思われようが、今までにため込んだ気持ちを伝えたくなった。彼にLINEをする。返信は来た。

来週の土曜日に会うことになった。会ってくれることに安心したが、一度別れを決意した相手にもう一度会って何を伝えたらいいか直前になっても分からなかった。優柔不断で八方美人な性格ではあるが、そこがいいところだと受け止めたくれたことをふいに思い出す。

久しぶりに会った彼からでてきた言葉は、想像してなかったものだった

泣くと思って、アイラインとマスカラはしなかった。最後の最後で綺麗な私の記憶でいたかったから。いつもより丁寧にベースメイクをする。彼からもらったリップを未練がましく塗る。色を足しても何か色がないように感じたが、フルメイクが完成した自分の顔は決心がついた強い顔をしていた。

百貨店の上階にある静かなカフェに2人で向かい合って座る。久しぶりに会う彼はいつも通りだった。私のまとまりきらない気持ちを絞り出しながら、まだ好きであること、言いたいことを言える関係になりたいことを告げた。彼は、「どっちにしようかな」と言う。私は思わず笑って、「どっちって何?」とつっこんでしまう。

彼が「遅くなってしまったけど、結婚してこれからも一緒にいてほしい」と言った。想像してなかった言葉がでてきたのだ。完全に別れる可能性を持ちながら、カフェに入った私は想像していなかった言葉たちだった。

「遅いよ……、もっと早く言ってよ」と素直ではない返答をとっさにしてしまったが、困惑と嬉しさが半分半分であった。今までの不満や改善したほうが良いことを話すことができて、気持ちのモヤモヤは晴れていった。

カフェを出た後に化粧室で見た私の顔は、メイクが崩れることもなく、マスカラとアイラインが落ちる不安が的中しなかったことに気づく。どうせならもっと完璧にメイクできたのにと、彼が待つ出口へ向かった。