「これ、なっちゃんに似合うと思って」
そう言って友達から渡されたプレゼントは、Celvoke(セルヴォーグ)ディグニファイドリップス04番。艷やかな夜みたいな入れ物に、こってりとしたピンクブラウンのリップ。
今日は私の24回目の誕生日だった。
「あ、ありがとう」そう言って受け取る。
彼女の目には、これが似合う女の子に見えているんだな、と思った。
そう思うと泣きそうになるくらい嬉しかった。

子どもの頃、よく「ボーイッシュ」と言われ、そんな私が好きだった

私にとってメイクは、遠くから見るだけのアイドルのような存在だった。
自分との距離は2.5次元。遠すぎない、だけど近いわけじゃない。そういう距離感だった。
私が近づくことはできない。メイクも私に近づいてくることはない。そう思っていた。
こどもの頃、かけられた言葉で1番多かったのは「ボーイッシュだね」だった。
ショートカットの髪の毛、お父さん譲りの小麦色の肌、太らない体質だったからガリガリの体型。男の子に間違われることはなかったものの、間違えられるまであと一歩、といった感じ。
だけど私自身、そんな私が好きだった。「ボーイッシュ」はちゃんと褒め言葉として受け取った。スカートよりズボン、インドアよりアウトドア、花より虫、ピンクより水色、スイーツより白米が好きだった。
姉や妹が履くスカートや、眠るときに抱くぬいぐるみを見ては、私はそんなふうにはなるまい、と固く誓った。自分にも周りにも頑固だったのだ。
だけど、それができたのは中学生までだった。高校生になって、県内のいろいろな中学出身の子が友達になった。
会話の軸は、恋愛、友達、ファッション、そして、メイクになった。

メイクを楽しむ同級生が羨ましい私と、毒づくボーイッシュな私

進学校を謳っていた私の高校は、風紀が乱れるからという理由でメイクは禁止だった。
だけど、「するな、禁止」という抑圧は、塗りたてのペンキのようにみんなの背徳感を撫であげた。するな、と言われればしたくなるのが人間の性。
一見するとわからないけれど、実は、みんなこっそりと何かをしていた。少しだけ黒目が大きくなるカラコンや、二重になるアイプチ。薄い眉毛を書き足したり、ちょっとオシャレなリップを塗ったり。
みんな、可愛かった。隠しながらこっそりしているのも、可愛かった。
その反面、友達がどんどんどんどん女の子になっていくのを見て、私は完全に置いてきぼりを食らっていた。
「なつほは、しないの?」
その質問に曖昧に笑った。
「えっと……」と答えに迷うと、
「しないよ! だって、なつほはボーイッシュだもんね!」
「……うん、そうだね」

好きだったはずの「ボーイッシュ」が私を小さく傷つけ始めていた。
自分でたてた誓いが私を苦しめていた。
みんなが変わり始める。一人、また一人とメイクを始める。
私の中には2人の私ができ始めた。「いいなあ、可愛いなあ」と新しいおもちゃを羨ましがるような私と、「うわあ……メイクなんてしてさ」と毒づくボーイッシュな私。
恥ずかしかった。「私もやりたい」と言うことが。
悔しかった。そうなれない私が。

見様見真似でメイクを始めたら、安心感に似た嬉しさが私の中に残った

それから東京の大学に進学して、その流れはさらに加速した。会話は全て、恋愛、友達、ファッション、メイクになった。メイクの話には正直全然ついていけなかった。
デコルテ、イブサンローラン、ナーズ、スリー、全部異国の言葉に聞こえた。
ある日、「すっぴんはあり得ない!」と言った友達のその言葉に驚いて、その日のうちに100円均一で一式買い集めた。
下地クリーム、ファンデーション、コンシーラー、アイシャドウ、アイライナー、ビューラー、マスカラ、チーク。何を買えばいいかわからなかった。だけど、とにかく自分で手を伸ばした。
次の日から見様見真似でメイクを始めた。下地をつける順番を検索した。
初めて引いたアイライナーは太かった。ビューラーは瞼を挟んで、まつげが5本くらい抜けた。チークのつけすぎでオタフクソースのおかめみたいになった。ココロの中にはまだ2人の私がいた。
だけど、やっと手が届いた。その安心感にも似た嬉しさは今でも私の中に残っている。
あの日メイクを始めてから、私は「ボーイッシュ」と言わないようにしている。
あれから自分のお気に入りのブランドも見つけた。自分の女の子をちゃんと守るようにしている。

扉は開いていたのにメイクを勝手に神聖化し、随分遠回りしてしまった

私にとってメイクは、遠くから見つめるだけの女の子の象徴だった。女の子だけが持てる最強の装備だと思っていた。だから、私には1番距離が遠いと思っていた。
むしろ、近づいてはいけない、と自分で勝手に神聖化していた。自分で作り上げてしまった「ボーイッシュな私」が透明な壁になって私を邪魔していた。
実際はそんなこと全然なくて、誰にでも扉は開かれていて、そこに一歩を踏み出す勇気が私にはなかっただけなのだ。
そのことに気づくまでに随分遠回りをしてしまったように思う。
友達からもらったリップは今、私のポケットに入っている。薄く色づいた私の唇はとても可愛い。
そんな私を見て、友達も「可愛い」と言ってくれる。じゅわっと暖かい嬉しさが溢れる。
こんな気持ちをちゃんと知れるようになってよかった。