おじいちゃんへのささやなか仕返し。想いを馳せて、甘酒を飲む

ひとの生命とはわからないもので、2018年、祖父が亡くなった。
亡くなる一週間前、祖父母の家に集まってみんなでご飯を食べたばっかりだったのに、急に、なんにも残さず急にいなくなってしまった。

休憩中に何気なく見た母からのLINE。おじいちゃんが亡くなったらしい

わたしは病棟で仕事中だった。休憩時間、何気なくLINEを見たら、母親から「おじいちゃんが亡くなった」とメッセージが来ていた。
は?と思った。
会ったばっかじゃん。元気だったじゃん。なんの冗談?冗談じゃない?悪趣味じゃない?ふざけてる?元気だったじゃん。

急いで休憩室から出て、エレベーターホールの隅で、母親に電話を掛けた。どういうこと、と。
「心臓が……」

ほんとうだった。ほんとうに祖父は亡くなったのだった。
話している最中、涙が止まらなくなった。

わたしは、父親に対して「お父さん、うざい」「洗濯物別々にして」という、よくある、あれ、女の子によくあるといわれている(本の中でしか見たことないけど)、あれを経験したことがない。

その代わり、祖父にたいして、とても冷たくあたっていた。
自分のことを白鳥年(酉年)生まれだと言い張る祖父、俺はシティボーイ(茨城出身)だと言い張る祖父、わがままで気まぐれで自分勝手でものすんごく自由人な祖父。
子どもの頃はそれで笑っていたけど、中学生くらいになるとそれがウザかった。

おじいちゃんのことがだいすきだったことに、亡くなって気付いた

わたしがハタチになったとき、とても喜んでくれた。
「孫と一緒にお酒が飲めるなんて幸せだなあ」
祖父はお酒がだいすきだった。

わかっていた。祖父はとても優しい。自分勝手だけど人一倍、誰かに優しい。誰にでも優しい。気の小さい、優しい祖父。おじいちゃん。

お酒もわたしは最初の何回かだけで飲まなかった。
「なんだよ、つまんないなあ」と、すねた顔で言うおじいちゃんの顔を、いまでも忘れられない。

亡くなって気付いた。

だいすきだった。
お酒、一緒に飲みたかった。

甘えていた。
だから、冷たく当たったのだ。

年子の妹を母親が妊娠しているとき、両親が共働きだったので妹とふたりでお留守番をしなければならないとき、来てくれていたのはおばあちゃんや、おじいちゃんだった。
まだ幼いわたしと妹を自転車に乗せて、公園まで連れて行ってくれたおじいちゃんの背中を、薄ぼんやり覚えている。

なのに、23年間しか一緒にいられなかった。ひ孫の姿を見せてあげられなかった。
わたしはおじいちゃんになんにもお返しができなかった。

だいすきなのに。

看護師は人の死に慣れている。でも「そんなこと」扱いが許さなかった

体調不良、も、あったけれど、それからすぐにわたしは仕事を辞めた。
自分の家族の病気にも気付けないのに、なにが看護師だ、と思った。
言い方は悪いけれど、他人を看護して、家族の異変に気付けないのであれば、わたしはなんのために人体について学んだのか、なんのために働くのか、わからなくなった。

「亡くなった」と連絡があったとき、師長に事情を話し、帰りたいことを告げた。あのときの師長の発言をわたしは忘れない。

「そんなことで?」

分かっている。仕事中だもの。家で急に亡くなった祖父のもとに、いまわたしが駆けつけたって、なにが出来るわけでもない。そもそも警察が来ていると聞いた。それに、看護師はひとの死に慣れている。
だけど許せなかった。「そんなこと」扱いされたことが、許せなかった。
結局その日は働き通し、翌日に祖父母の家へ向かった。

おじいちゃんは寝ていた。ただただ、寝ているだけに見えた。
でもやっぱり、身体の上で組まれている指の色が、生きている人間のそれではなかった。
祖母に「お線香をあげて」と言われたけれど、そんなことは出来ないと思った。おじいちゃんにお線香なんかあげられない。

わたしは、お通夜まで何日も泣き倒した。忌引を使い休んでいたので、毎日祖父母の家へ通い、毎日祖父の横で泣いた。声を上げて泣いた。目なんかもうパンパンに腫れて、まぶたがマシュマロみたいになって、鼻は詰まって、耳鳴りがするほど泣いた。

泣いて泣いて、明日、お通夜だ、という日に、泣きながら祖父の横にいた。そのとき、その部屋にいたのはわたしだけだった。
マシュマロのまぶたをタオルで抑えながら、声を上げて泣き続けるわたしを、家族は2階の部屋で放っておいてくれていた。

おじいちゃん。わたしの身体を借りてまで、甘酒を飲みたかったの?

そのとき、あたまを撫でられた。わしゃわしゃ、と、あたたかい手が、わたしのあたまを撫でた。
父が来たのかと思った。

だけど、顔をあげると、その部屋にはわたしだけだった。
不思議なことに、それから涙はとまった。

お通夜もお葬式も納骨も終わり、しばらく月日が経った頃、わたしは無性に甘酒が飲みたくなった。

祖母の家に行き「甘酒、ある?」と聞くと、「あるよ」と出してくれた。
「美緒が甘酒なんて珍しいね」と言いながら、「おじいちゃん、甘酒飲もうとしたとき、旅立ったのよ」と、祖母は言った。

わたしは、思わず、吹き出した。
わたしの身体を借りてまで、甘酒飲みたいの?どこまでも、天に昇っても、自由なひと。

祖父が亡くなってから、納骨まで、一週間弱。わたしのこころは雨模様だった。なんせ瞼はマシュマロだったもの。
だけど、あのとき撫でてくれた手。あの手は確実に、わたしのこころを晴らしてくれた。
雨上がりの空に、こころに、甘酒は沁みた。

エッセイを書きながら、また、泣きそうになっているけど、飲むよ、甘酒。
おじいちゃんの心残りの甘酒。笑っちゃう。おじいちゃんのぶんも飲んでやる。

亡くなったひとのことを思い出すと、天国でのそのひとの周りに花が咲くと聞いた事がある。祖父は花粉症だったけど、花、咲かせてやろう。なんの前触れもなく天国へ行ってしまった、わたしからのささやかな仕返し。

雨のあがった空のうえで、おじいちゃんはくしゃみをしているかな。花粉、つらい?反省してよね。そう思いながら、甘酒を飲む。

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