私は17歳上の夫がいる。

40代後半に入り、白髪が少しずつ目立つようになってきた。年齢よりも若く見られることが嬉しいようで、白髪が増えてくると、「染めて~」と言ってくる。

冷静に抜いた「自分の白髪」を見つめながら、複雑な気持ちになった

私は元々、男性が太っていたりハゲていたり白髪だったり……は、清潔感があれば特に気にならない。そういう理由で、恋愛対象外になることもない。

それに、若い頃から年上の男性が好きだったから、白髪も全く気にならない。それだけ私より多く生きてきたんだなぁと思うだけ。

夫は増えた白髪を見て落ち込んでいるが、私は全く気にならない。そんなことであなたの魅力や素敵なところは半減したり、なくなったりしないよーと思える。

なのに、最近自分の頭に白髪を見つけることが、20代前半の時より確実に増えた気がする。「確実に私も歳を重ねてるんだなー」と冷静に抜いた白髪を見つめながらも、これからどんどん白髪の量が増えていくのかなぁと思うと、なんとも言えない複雑な気持ちになった。

白髪が嫌とか、みっともないとかいう話ではなく、「まだまだ若いつもりでいたけど、私もそれなりに歳を重ねてるし、これからも歳を重ね続けていくんだなぁ」という当たり前だけど無意識に目を逸らしていた事実に嫌でも意識がいってしまうから、複雑な気持ちになるのかもしれない。

愛する人が老いていくより、自分が老いていくほうが悲しく罪悪感がある

愛する人が老いていくことよりも、自分が老いていくことのほうが私は悲しさや罪悪感が滲み出ることに気付いた。

夫であれば普通のことだし、夫に介護が必要になっても、2人で笑い合って生きていきたいから、今から経済的にも自立して、1人2人のヘルパーさんを雇えるくらいの経済力は持ちたいと思っているし、そのためにコツコツ行動はしてきている。

それなのに、もしも何かの事故や病気で私が先に介護が必要な状態になってしまったら、「私を捨てて、あなたは自由に生きて」って言いそうな自分を安易に想像できてしまうからゾッとする。

愛する人を大切にするように、自分のことも大切にできるようになりたい

夫の白髪を愛せるように、私の白髪も愛せるようになりたいし、夫の老いを受け入れられるように、私自身の老いも受け入れられるようになりたい。愛する人を当たり前に大切にするように、本当は誰よりも私のことを当たり前に大切にできるようになりたい。

そこから生まれる「相手に何かしてあげたい」という気持ちは、見返りも承認欲求も含まないただの愛だから。見返りや承認欲求を求める優しさや思いやりを、過去に何度も相手に与えたことがあるが、自分が満たされてない状態では何を与えても自分のためにも、相手のためにもならないことが分かった。

まず、自分。どんな自分も隅々まで愛していきたいし、どんな自分も隅々まで許可していきたい。それができるようになればなるほど、身近にいる大切な人がもっと大切だと感じるようになるし、無理なく自然にお互いを尊重した上で自己犠牲なく愛からの行動をとれるんじゃないかなぁと思う。

まだまだそこの域にはいけてないし、死ぬまでに行けるかは分からないけど、自分が進みたい方向を定めるって大事。私は大切な人を愛するように自分を愛したいし、自分を愛するように大切な人を愛していきたい。