メイク? 私は、メイクにほとんど興味がなかった。メイク=着飾る、隠す。そう思っていたから、私は本当の私の姿でいたいと思っていたし、コンプレックスを隠してまで綺麗で可愛くいたいとは思わなかった。

そして、まつ毛をバサバサさせ、濃いメイクをしている人を見ては、「うわ~本当の顔なんてわからないじゃん」「すっぴんとかどうなっているんだろう?」なんて心の中で、本当の顔がわからないくらいにメイクをしている人のことを良く思っていなかった。

こんな風に、メイクに無関心な割に、人のメイクを勝手に評価していた。いや、無関心だと思っていたけれど、関心があるから、批判していたんだと今になって気づく。

顔に付け足していくメイクをする人達のことを「偏見の目」で見ていた

大学生になってもメイクに関心は低く、2年間くらいは日焼け止めと眉だけかいて、大学へ通っていた。メイクは、シミを隠したり、目を大きく見せたり……メイクでできることはたくさんある。

でも、私はどうしてもコンプレックスを隠す為の手段、そんな風な捉え方しかできなかった。私は、目が細いし、大きなシミはあるし、気になるところを数えたら、きりがない。メイクを落とした時に、鏡に映ったすっぴんと、メイクをした時の顔の差にがっかりするなら、私は極力ナチュラルな私でいたかった。

そして、メイクでどうにかしようというより、シミができないように日焼け止めを塗ったり、体の中から綺麗になるインナーコスメを取り入れてみたり、予防することや内側から綺麗になる事の方が好きだった。

だからこそ、自分ではやろうとは思わない、アイプチやカラコンなど、どんどん自分の顔に付け足していくメイクをする人達のことを偏見の目で見てしまっていた。

母の「メイクをしている姿が本当のその人」の言葉で、意識が変わった

しかし、ある日の母の一言で、私のメイクの概念が一瞬で変わった。「メイクをしている姿が、本当のその人だよ!」と言ったのだ。「いやいや、すっぴんが本当のその人の顔だよ」私はそう思っていたから、母に向かってそう言った。

すると、「綺麗でいたい!可愛くいたい!その心の表れがメイクに現れているんだよ。綺麗や可愛いなんて、どうでもいいと思っている人は、メイクはしないと思う。自分がどういたいのか、どうなりたいのか、その気持ちの表れの一つがメイクなんだよ」そう教えてくれた。

私は、ハッとした……。可愛くいたい! 綺麗でいたい! それは、私もいつも思っているし、ナチュラルメイクが好きな人も、アイプチなどのアイテムを使ってメイクをする人も、濃いメイクをする人も、本当は思ってる事は同じかもしれないと知った。

みんな共通して、可愛く、綺麗でいたいのだ。それが、色々な形になって現れているだけのこと。

人を見かけで判断していたが、母との会話で私はどんどん変わった

メイクは、着飾るもの、隠すものだと無意識にマイナスに捉えていたけれど、メイクでなりたい自分に近づいたり、お気に入りのリップをつけて鏡に映る自分が少し可愛く見えて気分が上がったり……些細な事だけれど、ウキウキする。そう思ったらすごく楽しいし、毎日の心の栄養源みたいなものかもしれないと思った。

そう気づいてからは、私はナチュラルメイクが好きだけれど、どんなメイクをする人にも
いいね! と思えるようになった。あなたらしくて、いいね! と思ってる自分がいた。もうそこには、人のことを色々思う批判的な私はいなかった。

以前まで、人を見かけで判断してしまうことが多い私だったが、些細な会話の中の母の一言で、私はどんどん変わった。出会う人みんなに、「この人は、どんな人なのかな?もっと知りたい!」。そうやって、気がつけば、人を外見で判断せず、興味を持てるようになった。

メイクは、決して着飾ったり隠したりするものではなくて、メイクをしている姿が、皆、本当の自分。嘘偽りなく、たしかに心を現している。そして、メイクは日常に溶け込み、今日も私は私らしくいていいんだ!と鏡に映るメイクをした私が言ってくれる。