初めて会った日から、私の脳裏にすみかを作って、定期的にひょっこり顔を出す人がいた。
死ぬほどコミュニケーション能力に優れていて、男女関係なくハグが挨拶だと思っているようだった。
「私だけじゃなく皆にしてるんだ」と少しがっかりしながら、「どういう神経してるんだろう」とちょっとイラついて、でも目が離せない自分を夢の中でビンタした。

出会って1年、2年、と年を経るごとに、お互いの距離は近づいて離れてを繰り返し、それぞれの相手も変わっていった。付き合ってた相手と別れても、二人の関係には一切影響がなくて。
学生時代の「片思いの相手」として、読み古して角が折れた文庫本みたいな私の恋愛遍歴にファイリングされた。

夢に現れた彼。「あ、私この人のことやっぱ好きだわ」

2020年、授業もオンラインになって、学校に行くことがなくなった。
広いカレッジの隅にあるラウンジで本を片手に考え込む、そんな彼を見ることもなくなった。違う学部だから授業も被らない。オンラインでもオフラインでも、関わりが一切なくなった。
何年も一人に片思いしたことがある人ならわかると思う。
会わなければ忘れると思うけど、実際は記憶の中に相手が息づいていて、ふとしたときに現れる。それも、美化された形で。

人付き合いで疲れた夏の午後、ベランダでうたた寝していたら夢に勝手に出てきた。
いつもみたいに「元気ないけど飯でも行くか?」と飄々とした顔で覗き込む。「あ、私この人のことやっぱ好きだわ」と思う自分を、目が覚めて現実に戻った自分がまたビンタした。

卒業間近になって、今チャンスを自分で生み出さないと一生会えない気がしてきた。
後期授業も全部オンラインで完遂し、お互い進路も全く被らないことはすでに分かっていた。
勇気がなくて、「よく喋って笑う同期の呑兵衛」のラベルを自ら被っていた自分に疲弊していたのかもしれない。でもその呑兵衛は運を引いていたようで、あるタイミングから彼からの誘いが入るようになった。

コロナ禍のドライブ。横に座る距離感がちょうどいい

お互いコロナにビビッて人混みに行きたくなくて、電車もいや。でも突然家に招くのは違う気がした。結果、二人で謎のドライブに行くことが増えた。
ドライブっていいもんですね。正面でなく横に座るから距離感がちょうどいい。
いつも目をぐっと見据えて話をする人だから、顔を合わせるたびに自分の体がレントゲン写真みたいにスケスケになって、突然拍動が多くなる心臓が見られてしまうのでは、と以前から恐れていた。
顔を見ないで会話できることの最大のメリットは、結構真剣な話を気軽にできることだと思う。自分の思い描くキャリアプラン、小さいころからの夢やおバカな願望、家族の問題。夕暮れ時の船場を横目に、ありとあらゆる話をした。

このご時世だからこその今なのかしら

自分が思っていたより、物事は単純だったのだろうか。今まで「好き」とか「付き合って」という話は一切なかったはずなのに、「もう一緒になろうか」と一言つぶやきが聞こえた。
意味は全くわからない。いやまずジェネラルに段階を踏んでくれよ、とは思った。何の防備もない状態で受け止めるには素早すぎたし、何しろ熱くてずっしりと重かった。
好意はもう伝わっているでしょう、だからもう素直に関係を改めよう。そういうニュアンスだったのかもしれないけど。

あれから数カ月経ったが、なんだかんだ仲良くて謎に同居している。カップルらしいアツアツな雰囲気はほとんどないが、毎日仕事や研究やしょうもない小ネタの話をし、死ぬほど笑って寝る。

「今誘わなかったら、少なくとも数年は会えない気がしたから」
なんだよ、思ってること一緒かよ、と笑いながら、このご時世だからこその今なのかしらとも思う。
コロすけが増えてはびこる2021年。来年もマスクに消毒液生活かもしれないけど、たまには物事の良い側面も見てみるのも大事だなあ。
結局、会えない時間は絆を強くする、のかもしれない。