マッチングアプリで間違えて右だか左だかにスワイプをして、彼と出会ったのはもう半年前の話だ。
その時の私は同棲をしようと決めていた恋人と別れ、とにかく心の穴を誰でもいいから埋めてくださいと、宣伝ビラのようなものを貼りながら、時には街中を、時にはマッチングアプリ界隈を彷徨っていた。
肉欲だだ漏れのアプリで彼と出会えたのは、指の誤作動だったと思う
彼と出会ったアプリは比較的フットワークの軽い人たち、目的で言えば肉体的な関係を求めている人たちがするもので、私も、そして彼も異性と話したい、食事に行きたいというよりは、抱きたい抱かれたいセックスをしたいと願ってアプリをインストールしていた。今思えば、肉欲がだだ漏れのあのアプリでよく息をすることができたなあと思う。
彼は私より一つ年上の大学生だった。
プロフィール欄には年齢と出身、あとは好きな音楽を紹介していただけで、どちらかと言うと硬派な私がプロフィール不足の彼とマッチしたのは本当に指の誤作動であったとしか考えられない。身長を記載しないあたり、並んだ時に目線が殆ど同じだったことの伏線だったように感じた。
私たちはアプリ上で互いの趣味から少しずつ内側の話を探っていった。私は彼が載せていた数枚の写真、しかも陰影が濃くてハッキリとしたものではない、を見て特別好きだとは思わなかったし、それは会ってからも同じだった。
黒く茂ったコシの強そうな髪の毛、平均より低い身長は私の弟を連想させ、口周りを囲んでいる髭や片耳に数個開いたピアスとミスマッチだった。
私と彼は直接会うまで、互いの時間を互いで埋めるほど連絡を取り合っていた。今思えばなぜそんなことをしたのだろうと疑問に思う。大して好きでもない異性と、寝る間も惜しまず電話をしたり、それに彼には恋人がいるのに。
彼は多分、私を抱いた瞬間、私に対する興味を失っていたのだろう
彼はすごくまめに連絡をしてくれて、その丁寧さに私の荒んでいた心は癒された。彼への想いは確実に熱を増し、そのほとぼりが冷めないうちに私は彼と会い、そして彼に抱かれた。
マッチしてから抱かれるまで、一週間程度の出来事だった。流れるように一瞬だった。
私は彼に抱かれた日から彼の誕生日や血液型、出生地や過去の話、どんな人と付き合っていたのかなど、彼自身をつぶさに知りたくなり、それが恋だったのだと最近気づいた。
彼は多分、私を抱いた瞬間、私の中で射精した瞬間から私に対する興味を失っていたのだろう。それでも私はがくんと落ちた連絡頻度、絵文字のないメッセージ、そっけない「予定合えばね」たちを見て見ぬふりをしていた。
私は彼と行った下北沢をよく思い出す。彼は私の荷物を持って、「可愛い」と「好き」を交互に連呼していた。私は彼の言動すべてを疑うわけもなく、鵜呑みにした。
その結果がこの有様だ。あの遠出が紛れもなく最初で最後だった。友人は「やめた方がいい」と彼の何も知らないのに非難ばかりしている。やめた方がいいとわかってやめることができるのならば、それは恋ではないのだ。
彼はガッキーが大好きで「ガッキーが結婚したらなあ……」と口癖のように言っていた。ガッキーが結婚した今、彼の消息を知る術はない。