2020年4月。医者になって4年目の私は、未知の病原体「新型コロナウイルス」と闘っていた。
今まで聞いたこともなかった「緊急事態宣言」なんてものが発令され、これをきっかけに、去年元彼に浮気され別れた私のために頻繁に開催されていた合コンもパタッとなくなった。

いや、合コンがあったとしても、きっと参加する暇なんてなかっただろう。
毎日ひっきりなしに外来を訪れる患者さんたち。
いつ急変するかも分からない、人工呼吸器に繋がれた患者さんたち。

減ることのない、寧ろどんどん増える一方の患者さんたちに付きっきりでがむしゃらに働いていたら、いつの間にか夏になっていた。緊急事態宣言どころか、今は東京都がGoToトラベル事業に入るか入らないかの検討段階だというから、世間では完全にバカンスモードみたいだ。

仕事だけで終わる毎日。寂しさからマッチングアプリをダウンロード

「私、何やってるんだろ……」
夏休みの旅行や帰省で盛り上がっている一方で、病院との行き来だけで終わっている毎日が、何だか悲しくなってきた。
「せめて、彼氏がいたらなあ……」
仕事ばかりで辛い。寂しい。他愛のない会話で癒されたい。互いを思い合い、支え合いたい。

こんなにも独りを痛感することになるなんて。
患者さんたちに篤く優しく接している分、私もそれを求めてもバチは当たらないのではないか。

「合コンはないし、出会いを求めるとしたら……」
衝動的に、ネットで評判のマッチングアプリをダウンロードしていた。

プロフィールを埋めて、去年の生き生きとした自分の写真をアップしたら、瞬く間に見切れないほどの「いいね」とメッセージが届いた。
お相手のプロフィールを見て、気になる人にメッセージを返す。

自分も誰かに求められている。
マッチングアプリを開いている時だけは、こんな錯覚に酔った。

忙しくやりとりが出来ない日々。唐突に投げられた思いがけない言葉

とはいえ、感染者数は減らない、寧ろ増える一方だ。
相変わらず患者さんたちに付きっきりの毎日で、マッチングアプリも放ったらかしがち。気がついたらメッセージにも3日くらい返事をしていない。
慌てて返事をしたところで、最早手遅れ。やり取りは途切れ、中にはこんなメッセージもあった。

「バイ菌さん。近寄らないでよ」
メッセージだけなのに、文字の繋がりだけなのに。こんなに一生懸命働いて、命を救っているのに。
私って、バイ菌なんだ。

初めましての相手と話すことも多い職業だから油断していた。会って直接顔を見てではない文字だけのやり取りって、お互い相手に興味を持っているはずの男性とのブラインドの会話って、こんなにも難しいのか。

怖い。

孤独を埋めるために始めたはずのマッチングアプリから逃げて、私はまた目の前の患者さんたちとひたすら向き合う日々に戻っていた。

気がついたら秋も終わり、年末へのカウントダウンと反比例するかのように患者数が激増している冬。
相変わらず病院では患者さんたちと濃密な時を過ごし、家では寒さが堪える独りぼっちの時を過ごしている。
勢いでダウンロードしたマッチングアプリは、あれから開いていなかった。

もうやめてしまおう、そう思ったときに届いたメッセージの重み

もう消しちゃおうかな。

そう思い、久々にマッチングアプリを開いたら、まさに今しがたメッセージが届いていた。
「お仕事、お忙しいですよね。体調は大丈夫ですか?いつもありがとうございます。無理しないでくださいね」
このメッセージを見た瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。

たった数行の文字なのに、こんなにも温かさに包まれるのか。こんなにも寄り添って貰えるのか。こんなにも人の心を動かすのか。

まだまだ新型コロナウイルスとの闘いは終わらない、終わりが見えない日々。これからも私は闘い続ける。
そんな私を、気遣ってくれる人もいる。
この事実に心から感謝して、返信ボタンをタップした。