以前は2週に1度は会っていた。
大阪と横浜、在来線も合わせて片道3時間半。
大学の卒業と同時に、私の就職の都合で始まった遠距離恋愛。不便ではあったが、刺激的で楽しくもあった。
新型コロナウイルスの流行前までは。

「結婚してたら家に帰るのは普通でしょ」。世の中理不尽だな

緊急事態宣言が明けても、新幹線には人がまばらだ。
仕事が終わって一度帰宅し、キャリーケースを引いて新大阪まで向かう道中も、通行人の視線が痛い。

「最近彼氏には会ってる?」
以前から事情を知っている女性の上司が、ある日悪気なく聞いてきた。
「まさか、こんな状況で関東になんか行けるわけがないでしょう」
別の先輩が間髪入れずにつっこんだ。私は苦笑いすることしかできなかった。

コロナ対策に関する考え方は、人それぞれだ。
特に私の会社では慎重派が多く、人の多いところでは下手なことを話すわけにはいかない。
「今、単身赴任の人ってどうしているんでしょうね?」
答えの代わりに、気になっていたことを聞いてみた。コロナ禍における考え方を探りたいという意図もあった。
「そりゃ、結婚してたら家に帰るのは普通でしょ」
世の中理不尽だな、と思った。

最終の新幹線に飛び乗る。私は悪いことをしているのだろうか

感染者数も落ち着いてきたころ、社内の重要プロジェクトの人手が足りず、私も駆り出されることになった。
「明日の夕方にかかる会議の出席、お願いできる?」
リーダーに声をかけられた。
明日は金曜日。彼氏のところに行く予定だが、まさか言うわけにはいかない。しかし、何時に終わるかも読めないのでもちろん出たくはない。

逡巡していると、リーダーはつづけた。
「AさんもBさんも保育園のお迎えがあるし、Cさんは新婚なのに最近残業続きだしで頼みづらいんだよね。もしかしてあなたも予定がある?」
「ありません」
コロナ禍の独身一人暮らしには、仕事を断る口実はない。結局会議は19時まで続いた。

ギリギリのところで最終の新幹線に飛び乗り、席に座ってぼんやりと窓の外を眺める。
指定席の車内には、私を除くと出張帰りのサラリーマン風の男性がちらほらいる程度だ。
私は悪いことをしているのだろうか。

誰かに言いたい。自慢したい。でも言えない

彼氏の家に着くと、彼は揚げ出し豆腐を作っているところだった。私の好物だ。
金曜の夜、到着した後に一杯やるのが私たちの定番になっている。今日はだいぶ遅くなってしまったが。

「明日はドラマでも見る?」
「いいね、また燻製作るのもよくない?朝からホタテでも漬けてさ」
「それ採用」
二人でお酒を飲みながら、土日の計画を立てる。とはいえ、近所のスーパー以外に出かけることは稀だ。お互い同期などに遠距離であることを話してしまっているため、人に見られると厄介だからだ。
コロナ禍になってからも会える時はこうして会い、家のなかでいろんなことをした。
鬼滅の刃も見たし、逃げ恥も2周した。鶏白湯を丸一日かけて煮出したこともあったし、リンゴ酵母で大きなカンパーニュを作ったこともあった。
誰かに言いたい。自慢したい。
でも言えない。

「ねえ、仕事がほとんどリモートになったなら、いっそ大阪で一緒に住むのもありなんじゃない?」
お酒の勢いで、希望を口にしてみる。
「うーん、そういうのできるのかなあ。いきなり翌日出社になることもあるしなあ」
上司に聞いてみてくれる気もないんだ、と落胆はしたけれど、口には出さなかった。彼の会社の雰囲気は私には分からないし。下手なことをしたら出世コースから外れるのかもしれないし。遠距離になったのは私が希望を押し通したのが原因だし。

10年近く付き合っていることもあり、コロナで会えない時間が増えても大きな危機はなかった。
でも、もっと会う時間を確保したいのは事実だ。会えば安心するし、私の居場所はここにしかないと思う。
とはいえ、今の仕事は気に入っているし、転職するにしてももう少しスキルアップをした後にしたい。
私はわがままなのだろうか。