「家に行ったらだめですか?」。こんな大胆なことをしたのは初めて

最近、仕事場で関わる機会が多かった、彼女がいる人を好きになった。当たり前だけど、告白して振られた。もう、どのような関係にもならないはずだった。

それはふとしたきっかけだった
ある日の休日。夕方に、買い物をして歩いていると、好きだった彼と会った。

二重の丸みを帯びた目、白い肌、華奢な背、吸い寄せられるようにわたしがじっと見つめていると目が合った。
「こんばんは」
わたしが言うと彼の目は左右に魚のように泳ぎ、数秒ほどした後小さな声で、
「こんばんは」
と返事があった。
わたしが立ち止まっていると、彼はやや早足で帰路に着こうとした。
わたしがそっと追いかけると、そこには、罪悪感を持ったような悲しそうな表情があった。
「少し話しかけてもいいですか?」
わたしが小さな声で言った。彼は嫌そうな表情をしながらも微かにうなづいた。

「最近、どうですか?」
「まあまあかな…」
「そうなんですね、わたしも、変わりないですよ」
「そっか…」
「はい…」
当たり障りの無い会話。
そして、無言が続いた。男女の何らかのいざこざがあった者同士の気まずい空気感。
それらを無視し、わたしは、突然、彼の手をそっと繋いだ。
「家に行ったらだめですか? 帰りたくないです…」
わたしは、彼を上目遣いで、見つめた。
こんな、大胆なことをしたのは初めてだった。
わたしの圧に負けたかのように、
「…いいよ」
と彼は答えた。
「お酒買ってきてもいいですか?」
茶化すようにわたしが言い、彼がうなづくと、茶化すようにわたしはまた、
「追いかけますね…」
と返事した。

お酒を飲んだ。体をぴたりとくっつけた。あとはなすがままに…

コンビニへ行き、コーラとほろ酔いを買った。
自宅に帰り、ここぞとばかりに勝負下着を身につけた…。

近所の彼の家に行き、インターホンを押す。開かれたドア…。
殺風景な男性の家。ゆっくりとテレビを見ている彼をみた。

お酒を飲んだ。
体をぴたりとくっつけた。
手をそっとにぎった。
胸を体に当てた、足を絡ませた。
キスを迫った。
あとはなすがままに…。

そのあとは、よく分からない。
唾液を滴らせ、体をいろいろなものでいっぱいにしながら、ただ、どろどろに向き合った。

気づけば、わたしは眠っていた。その日は、わたしだけが出勤だった。ハッとして、家に帰らなきゃと、スマホの時計を見ると。6時。家に帰ってお風呂に入って…頭の中が現実的な計算で動き出す。
思考が一段落し窓を見ると、朝日が昇っていた。
そして、隣を見ると彼が、規則的な寝息を立てながら心地良さそうに寝ていた。
白くてキメの細かい肌に、少しぶつぶつとした黒い髭が生えかけていて、それが、華奢で、中性的な体に、男という性別をかすかに主張しているように見えた。

彼が隣に寝ている状況に、わたしは言葉に出来ないほどの幸せを感じた

置き手紙を書く。

●●さんへ
楽しかったです。
今日は、仕事、頑張れます。
寝れない時とか寂しい時はいつでも呼んでください。

リュックを背負い、彼の寝顔をもう一度見る。
彼は、彼女がいるのに好意を持った相手の押しに負け関係を持ってしまうろくでもない男なのに、わたしを一瞬でも受け入れてくれたことで、穢れのない、優しい心を持っている気がした。
彼のすべてがわたしの性癖に、フィットしていると思った。彼の押しを断れなく、罪悪感を感じてそうなところ、におい、彼を構成する身体のパーツが好き。
彼が隣に寝ている状況に、わたしは言葉に出来ないほどの幸せを感じた。

これは、俗に言うセフレのような関係なのかもしれない。身体が繋がった今ですらも、彼はわたしに精神的な繋がりや思い入れを一切感じてくれていないのかもしれない。
けれど、わたしはそれで良いと思った。
世間から見ておかしな、全く幸せでない状態なのかもしれないけれど、わたしにとってはとてつもなく幸せな時間で特別な休日だったのだ。