まだコロナが遠い国の問題で、大したことない風邪のような病気で、春の終わりには収束するものだと世界のほとんどが思っていた2020年の初め、私も彼も同じことを考えていた。だからゴールデンウィークの終わりのハワイ旅行を私は心から楽しみにしていて、旅行が嫌いな彼に向かってなんども「楽しみだね」とzoom越しにはしゃいでみせた。

彼もそうだね、と言い、学会の合間に数日間しか一緒にいられないけれど、出来るだけ楽しもう、と言っていた。

付き合って七年になる私たちは、お互いの絶対的な親友だった

私たちは大学一年生で出会い、すぐに付き合い始め、大学を卒業してから仕事の関係で彼はアメリカに、私は日本に住んで遠距離恋愛をしていた。
まだ若い私達だったけれど、もう付き合って七年間が経っていた。私たちは人見知りで人混みが苦手なところがよく似ていて、美味しいものを食べるのが好きで、何に関しても話が合い、お互いの絶対的な親友だった。

かわいいスタンプを買ったとか仕事が大変だとか、どんなくだらない話でも彼となら出来たし、日本文化の特徴とかアメリカ政治の今後とか真剣な話でも彼となら何時間も議論できた。

私は日本で慣れない仕事から逃げるように、土日は一日中ずっとzoomで彼と雑談をして過ごしていた。彼が一番の友達だったし元々親しい人は少ない方だったから、私にとってはそれが楽しい時間で、別に苦でもなかった。

ハワイで会おうと言ったのは彼だった。学会がハワイで五日間あるから、もしよかったらおいでよ、僕は仕事で忙しいけれど、二日間くらいは時間が空きそうだから、と言われた時、私は本当に嬉しかった。

彼は旅行が嫌いだから、会おう、会いたい、というのはいつも私で、そのことにちょっとうんざりしていたからだ。私たちはホテルを予約しよう、と言ってはめんどくさくて先延ばしにし、どうせ直前になるよね、と自分たちの行動を予測して笑いあった。

でも笑顔の裏で、私の不安はどんどん増していた。予約を先延ばしにして笑っているうちにコロナの感染が世界各国で広がっており、私の仕事はリモートになり、アメリカでは学会を中止する動きが続出していた。

コロナの影響で彼に会えないことを知った時、心が何かを諦めた

3月になると、旅行なんてもってのほか、という雰囲気がニュースの画面から伝わってきて、私は仕事に向かう電車の中でなんどもぼんやりと、もうダメなのかな、と思ったりした。
もうコロナの影響で学会はキャンセルされそうだ、と彼が言った時、私は、ハワイ旅行以上の何かを自分の心が諦めたのを感じていた。

遠距離恋愛が続くにつれて、彼と今後もずっと一緒にいられるのかという疑問がじわじわと私の心を巣食っていた。

彼がキャリアを持った女性でないと結婚できないと常々言っていたことは、仕事がうまくいかない私を苦しめたし、旅行が嫌いであんまり会いたがらないくせに、大学院を卒業する四年後までは遠距離を続けようと言われた時には絶望でいっぱいになった。

彼といつか再会して、同じ街に住んで、行きつけのレストランなんかを見つけ、いずれ結婚することを疑わなかった自分は、いつの間にか、いなくなっていた。

Zoomの画面越しに見た涙。7年間の関係は、ぷつんと終わった

だから、家の中で過ごしたゴールデンウィークがあっという間に過ぎて、梅雨が来て、去って、そろそろ夏本番という頃、私は覚悟を決めた。

Zoomの画面越しに初めての涙を見た。お互いの目を見れば、私たちはこんなことになるはずじゃなかったのにという気持ちを二人とも抱いていたのは分かったけれど、それでも、私は次へ進みたかったから、7年間の関係をzoomで終えた。

End callのボタンを押した時、画面は当然だけどぷつんと途切れて、それ以来、一度も彼と話していない。

一年ほどたった今振り返ってみると、いずれ私たちの運命はこうなっていたはずで、コロナがそれを早めただけだったというのが明確に分かる。

でもあの時はそうは思わなかったし、永遠に続くと思っていた何かに対して、コロナが残酷なノーを突きつけたように感じていたし、それはある程度本当のことだったとも思う。
行けなかったハワイ旅行は、今も私のカレンダーをめくると書き入れてある。